ヒートトップレンジの修理は見送り [修理屋から見た厨房機材]
恐らく燃焼器具を手がける機材メーカーであればほぼ共通するのではないかと思うが今から20数年前のバブル崩壊以来販売台数が激減したもののうちの一つにヒートトップレンジがあるのではなかろうか。
このブログを読まれる方々の多くは既にご存知かとは思うがここであらためてちょっとした能書きをたれる。
ヒートトップレンジとはガスレンジとグリドルの中間的な性格づけの加熱機器であり,そのトップ形状は下の画像のようなものだ。
丸形のごとくのようなものは脱着可能で,取り外すと直下にリング上のバーナーがある。トップ面は全面鋳物で,グリドルは一般に棒バーナーやシュバンクバーナーが組み込まれ、バーナーの直上から左右方向に表面温度が下がる分布を示すのに対してこちらはバーナー直上の円を最高点として放射状に表面温度が下がっていくところが大きな違いで,用途によってごとく(と仮にここで呼称しておく)を取り外せば直火での調理が可能というところがガスレンジの機能と重なる。
バーナーの組み込まれていないトップ面は熱伝導によって比較的低温で熱平衡しており,そのゾーンに鍋を置いておくと保温用として使用できる。
用途は当然ながら洋食用だが,そこから更に絞り込まれてフランス料理専用と考えるのが一般的だろう。一つのメニューで鍋を三つも四つも使うフランス料理に於いては絶大な効果を発揮するがその他の分野ではほぼ宝の持ち腐れではなかろうか。
俺の住む田舎町ではここ10年くらいの間に本州資本のビジネスホテルチェーンがそこそこ現れてきており、こういう存在は牛丼やのチェーン店みたいな外食店舗と並んで地方経済の疲弊の象徴みたいなものだと俺は考えている。
あるとき気付いたが、こういった格安のビジネスホテルが展開し始めるのと同時に起きるのは出先機関を持つ企業の撤退である。社員は出張の用事がある時だけノートパソコンを抱えてこういうビジネスホテルに滞在するわけだ。
今から20数年前,俺の住む田舎町にもバブル景気の余波みたいな恩恵にあずかることの出来た時期があって市街地の中心近くに8階建てくらいのえらく立派なラブホテルが建設された。最上階にはでっかい硝子張りのベランダから市街地が一望できるペントハウス風の豪勢な一室まであるらしいことは往来から見える外見からも判断できた。
ラブホテルなどというのは町外れの裏通りでひっそりと営まれているこぢんまりとした建物だというのがそれまでのこの田舎町での常識だったので、何というか,住人どもはそのロケーションやらそこら辺のホテルよりも堂々とした佇まいやらに度肝を抜かれたものだ。
しかもそのホテルには半地下となっているフロアーに何とレストランがあるという。ホテルの利用者でなくても入っていいらしいというおまけの伝聞まであった。当然こういう感覚は田舎者のセンスではなく、風聞によると経営母体は東京で同名のラブホテルがチェーン展開されているらしく、余程金が余っていたのだろうが北のはずれの田舎町におよそ場違いな感じの,東京の感覚そのまんまの建造物をおっ建てたということらしかった。
田舎町の景観とはどこかミスマッチな,無意味にゴージャスなそのラブホテルは近年閉館し,大阪資本のビジネスホテルチェーンに買収され、改修工事が行われた後業態を変えてビジネスホテルとして今回リニューアルオープンする運びとなった。
依頼元はコメットカトウ、帳合はマルゼンというのが今回の構図だ。
使用者からの修理依頼を受けたのはマルゼンだが自社製品ではないので製造元であるコメットカトウに話を振り、それが俺のところに回ってきたという流れだ。
最初、マルゼンからはガスレンジの修理という話だったが現調に伺ってみると正真正銘のヒートトップレンジで、実は田舎町でしか仕事をしてこなかった俺のような者からすればその重厚長大で堂々たる佇まいに妙に感激した。
これは、個人で購入するものではない。建物の新築と同時に導入されて途中リプレースされる事もなく建物がある限りそこで稼働し続ける類いのものであって個人が,例えば食品スーパーのバックヤードやチェーン店の居酒屋に納められるものではない。
その元ラブホ地下のレストランはテナントが運営していたらしく,オープンしてから幾らも経たないうちにオーナーは売り上げが芳しくないのと某シティホテルの総料理長としてオファーがあったのとでさっさと店をたたみ,機材はそのまんまにしてこの田舎町から去ってしまったのが約20年前とのことだ。
不良状況はオーブンが着火しないというもので、その原因はガスコントローラーの固着による。現物はオープントップレンジと連結されており、オーブンが二つある格好になるが残念ながら両方ともアウトだ。
ヘビーデューティレンジという商品名のついたこれら製品群は製造元であるコメットカトウにとっては正真正銘の看板商品であり,大袈裟にいえば威信がかかっている。格式のあるホテルや宴会場などではメインダイニングに納入する厨房屋がどこであれ,ストーブ類はコメットカトウのこのシリーズでなければならないという指定がつくこともザラだ。
だからその造りはもう30年以上,何の変更もない。余程のことがない限り20年くらいは使われ続ける機材なのでストックパーツがもうありません,などということはない。それにしても個人でこういうストーブを購入するとは,前オーナー殿は余程この製品に思い入れがあったのだろうか。
バブル景気を懐かしむ気分の抜けないこれはどうにかこの物体を修復したいと思い,見積書を提出したが経営母体は費用が高額なのでという理由で見送り,ボツになってガステーブルとしてトップバーナーだけを活用していくことにしたのだそうだ。代わりに届いたのはおもちゃのようなリンナイのコンベックだ。
オーブンなしでは業務にならないから何か代替案を考えてほしいという現場からの要望に対する経営母体からの回答がAmazon.comでも売っているようなこれだ。
新しい料理長殿は溜め息混じりに本当に何もわかっていないとぼやかれた。
一般住宅にでもありそうなこんな代物がものの役に立つわけなどないと俺は思うが,だからといってヒートトップレンジの修復がそれほど意義のあるものなのかと冷静になって考えてみるとこれにも疑問がある。
時代は色々と推移しており,現在ヒートトップレンジはどこの燃焼器具メーカーも特注扱いである。理由は燃焼時の炎が直接見えない構造であるため日本ガス機器検査協会の検定を通らないからとのことだ。
ならば検定に通るように構造を見直して改良すれば良いではないかと思うがそういった開発を行う必然性にも乏しいのが現状だ。
キッチンの熱源がほぼガス一辺倒だった時代は過ぎており,現在、ヒートトップレンジでの加熱とかなり近似したオペレーションはIH加熱の電磁調理機で可能だからだ。
俺個人はどちらかというと電磁調理機の多用には少々疑問を持っているせいか、今回の修理の見送りには結構残念な思いがある。お洒落で高級感のあるラブホがあり,その地下には本格的なフレンチレストランがあり,と、俺の住む田舎町にも一瞬,そんな風景があったが時代はどんどん変わっていく。フレンチレストランのシンボルとも言えそうなヒートトップレンジも最早過去の遺物に過ぎず、恐らく我々はこの先その時の華やかな世界を取り戻すことがもうできない。俺はそれを少々淋しく思う。
コメットカトウのHP:http://www.cometkato.co.jp/
このブログを読まれる方々の多くは既にご存知かとは思うがここであらためてちょっとした能書きをたれる。
ヒートトップレンジとはガスレンジとグリドルの中間的な性格づけの加熱機器であり,そのトップ形状は下の画像のようなものだ。
画像は本文とは関係ありません
丸形のごとくのようなものは脱着可能で,取り外すと直下にリング上のバーナーがある。トップ面は全面鋳物で,グリドルは一般に棒バーナーやシュバンクバーナーが組み込まれ、バーナーの直上から左右方向に表面温度が下がる分布を示すのに対してこちらはバーナー直上の円を最高点として放射状に表面温度が下がっていくところが大きな違いで,用途によってごとく(と仮にここで呼称しておく)を取り外せば直火での調理が可能というところがガスレンジの機能と重なる。
バーナーの組み込まれていないトップ面は熱伝導によって比較的低温で熱平衡しており,そのゾーンに鍋を置いておくと保温用として使用できる。
画像は本文とは関係ありません
用途は当然ながら洋食用だが,そこから更に絞り込まれてフランス料理専用と考えるのが一般的だろう。一つのメニューで鍋を三つも四つも使うフランス料理に於いては絶大な効果を発揮するがその他の分野ではほぼ宝の持ち腐れではなかろうか。
俺の住む田舎町ではここ10年くらいの間に本州資本のビジネスホテルチェーンがそこそこ現れてきており、こういう存在は牛丼やのチェーン店みたいな外食店舗と並んで地方経済の疲弊の象徴みたいなものだと俺は考えている。
あるとき気付いたが、こういった格安のビジネスホテルが展開し始めるのと同時に起きるのは出先機関を持つ企業の撤退である。社員は出張の用事がある時だけノートパソコンを抱えてこういうビジネスホテルに滞在するわけだ。
今から20数年前,俺の住む田舎町にもバブル景気の余波みたいな恩恵にあずかることの出来た時期があって市街地の中心近くに8階建てくらいのえらく立派なラブホテルが建設された。最上階にはでっかい硝子張りのベランダから市街地が一望できるペントハウス風の豪勢な一室まであるらしいことは往来から見える外見からも判断できた。
ラブホテルなどというのは町外れの裏通りでひっそりと営まれているこぢんまりとした建物だというのがそれまでのこの田舎町での常識だったので、何というか,住人どもはそのロケーションやらそこら辺のホテルよりも堂々とした佇まいやらに度肝を抜かれたものだ。
しかもそのホテルには半地下となっているフロアーに何とレストランがあるという。ホテルの利用者でなくても入っていいらしいというおまけの伝聞まであった。当然こういう感覚は田舎者のセンスではなく、風聞によると経営母体は東京で同名のラブホテルがチェーン展開されているらしく、余程金が余っていたのだろうが北のはずれの田舎町におよそ場違いな感じの,東京の感覚そのまんまの建造物をおっ建てたということらしかった。
田舎町の景観とはどこかミスマッチな,無意味にゴージャスなそのラブホテルは近年閉館し,大阪資本のビジネスホテルチェーンに買収され、改修工事が行われた後業態を変えてビジネスホテルとして今回リニューアルオープンする運びとなった。
依頼元はコメットカトウ、帳合はマルゼンというのが今回の構図だ。
使用者からの修理依頼を受けたのはマルゼンだが自社製品ではないので製造元であるコメットカトウに話を振り、それが俺のところに回ってきたという流れだ。
最初、マルゼンからはガスレンジの修理という話だったが現調に伺ってみると正真正銘のヒートトップレンジで、実は田舎町でしか仕事をしてこなかった俺のような者からすればその重厚長大で堂々たる佇まいに妙に感激した。
これは、個人で購入するものではない。建物の新築と同時に導入されて途中リプレースされる事もなく建物がある限りそこで稼働し続ける類いのものであって個人が,例えば食品スーパーのバックヤードやチェーン店の居酒屋に納められるものではない。
その元ラブホ地下のレストランはテナントが運営していたらしく,オープンしてから幾らも経たないうちにオーナーは売り上げが芳しくないのと某シティホテルの総料理長としてオファーがあったのとでさっさと店をたたみ,機材はそのまんまにしてこの田舎町から去ってしまったのが約20年前とのことだ。
不良状況はオーブンが着火しないというもので、その原因はガスコントローラーの固着による。現物はオープントップレンジと連結されており、オーブンが二つある格好になるが残念ながら両方ともアウトだ。
ヘビーデューティレンジという商品名のついたこれら製品群は製造元であるコメットカトウにとっては正真正銘の看板商品であり,大袈裟にいえば威信がかかっている。格式のあるホテルや宴会場などではメインダイニングに納入する厨房屋がどこであれ,ストーブ類はコメットカトウのこのシリーズでなければならないという指定がつくこともザラだ。
だからその造りはもう30年以上,何の変更もない。余程のことがない限り20年くらいは使われ続ける機材なのでストックパーツがもうありません,などということはない。それにしても個人でこういうストーブを購入するとは,前オーナー殿は余程この製品に思い入れがあったのだろうか。
バブル景気を懐かしむ気分の抜けないこれはどうにかこの物体を修復したいと思い,見積書を提出したが経営母体は費用が高額なのでという理由で見送り,ボツになってガステーブルとしてトップバーナーだけを活用していくことにしたのだそうだ。代わりに届いたのはおもちゃのようなリンナイのコンベックだ。
リンナイ ガスオーブン(卓上タイプ) RMC-S12E プロパンガス用(LPG) 電子レンジ機能付
- 出版社/メーカー: リンナイ
- メディア:
オーブンなしでは業務にならないから何か代替案を考えてほしいという現場からの要望に対する経営母体からの回答がAmazon.comでも売っているようなこれだ。
新しい料理長殿は溜め息混じりに本当に何もわかっていないとぼやかれた。
一般住宅にでもありそうなこんな代物がものの役に立つわけなどないと俺は思うが,だからといってヒートトップレンジの修復がそれほど意義のあるものなのかと冷静になって考えてみるとこれにも疑問がある。
時代は色々と推移しており,現在ヒートトップレンジはどこの燃焼器具メーカーも特注扱いである。理由は燃焼時の炎が直接見えない構造であるため日本ガス機器検査協会の検定を通らないからとのことだ。
ならば検定に通るように構造を見直して改良すれば良いではないかと思うがそういった開発を行う必然性にも乏しいのが現状だ。
キッチンの熱源がほぼガス一辺倒だった時代は過ぎており,現在、ヒートトップレンジでの加熱とかなり近似したオペレーションはIH加熱の電磁調理機で可能だからだ。
俺個人はどちらかというと電磁調理機の多用には少々疑問を持っているせいか、今回の修理の見送りには結構残念な思いがある。お洒落で高級感のあるラブホがあり,その地下には本格的なフレンチレストランがあり,と、俺の住む田舎町にも一瞬,そんな風景があったが時代はどんどん変わっていく。フレンチレストランのシンボルとも言えそうなヒートトップレンジも最早過去の遺物に過ぎず、恐らく我々はこの先その時の華やかな世界を取り戻すことがもうできない。俺はそれを少々淋しく思う。
コメットカトウのHP:http://www.cometkato.co.jp/
ヒートトップレンジとゆう物は見た事がないのに懐かしい感じがしました。遠い記憶を辿ると…小さい頃お祖母ちゃんの家のストーブが似た感じだったような。丸い蓋を開けて中で焼き芋を作ってくれたような…。ぼんやりとした記憶ですがf(^_^;。でも熱源は石炭だったかもです。
by くるみ (2014-06-02 14:31)
ヒートトップレンジは以前、修理及び移設に立会いましたが、、、
造りが重圧で金属の塊りだな!と思いました、、、
火を消してもかなりの熱気を放っていて、そのエネルギーの物理量に圧倒されました、、、
移設時には数人の職人と厨房屋さんで1Fから2F迄を業務エレベータを利用して行いましたが、なんせ重量物故に苦労してました。
これは高額商品にて、既に寿命と宣告されていた物を「なんとか修理して使い廻しをして欲しい」との社長命令でのマツリゴトでした、、、
ソースさえ冷凍モノ既製品で間に合う現世で”腕を振るう”事はもう出来ない時代なんですね、、、内容より安さを求め、本物の味が分からない民衆相手では調理人も苦しいでしょうね、。
by 007 (2014-06-03 03:57)
くるみ様,いつもコメント有り難うございます。
現在,大きなくくりでのガスレンジ(ヒートトップレンジを含む)はその原型がかまどにあります。燃料は薪だったり石炭だったりです。
年配の方に伺うと,今から半世紀程前には洋食の調理を行う施設でのストーブには石炭のオーブンがまだ生き残っていたそうです。
暖房用としても私が子供の頃,家には鋳物製のだるまストーブがありました。燃料は石炭です。
懐かしさを感じるのは石炭という燃料にどこか連想が結びつくからなのかもしれないですね。
by HarryTuttle (2014-06-03 09:31)
007様,いつもコメント有り難うございます。
何よりも調理師さんの側がIHコンロに代替手段を発見したところが決定的ですね。
ヒーターと違い,発熱量を連続的に可変可能な電磁調理機はそれまでの燃焼器具の優位性を一気に突き崩した感があります。
時代の流れをこういうところに感じるのですが,昨今の電力事情を考えると,電気を熱源とすることに洋々たる未来があるとも言い切れないような・・・個人的には今の調理設備はもう少し退化するくらいが使用者にとってはちょうどいいのだと思います。
by HarryTuttle (2014-06-03 09:42)
私なら修理を選ぶかもしれませんが、
リンナイのコンベックは小さなレストランや料理教室等でも人気がありますよ。
大きな物は入れる事は出来ませが、連続調理は可能です。
料理やお菓子作りに凝った人は自分の台所に購入したかったが、約30Kgの重量と大きさ、ガス配管等で諦めたと言う声を良く聞きます。
オール電化のキッチンで調理した事もありますが、何時も火力不足と調理時間、仕上がりに不満を感じます。
やはりガスがベストですね!
MAX
by 「料理好きから見た厨房機器」 MAX (2014-07-14 07:41)