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とあるホテルのスカイラウンジにて [日記、雑感]

 本当に久々の更新。
書きたい事がなくなったわけではない。むしろその逆なのだが書き残しておきたい事が多過ぎてついズルズルと書きかけのテキストばかりがどんどん溜まっていく現況である。
尾籠な話で恐縮だが,俺にとって書く行為は一種,精神の排泄だとある時気づいた。排泄には快感が伴うべきだがどういうわけだかここしばらくの俺は書けば書く程ストレスの貯まるような精神生活が続いていてどうにも自分のブログページを開くのが億劫になっていたのでございます。頭の中ではうまく整理がつかないが,言ってみれば精神の糞詰まり状態がここ一ヶ月以上続いていたわけ。

 本日の俺は午前中,とあるホテルの最上階にいた。
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 そこは以前,立派なスカイラウンジだった。レストランとバーの併設された見晴らしのいい場所だった。上の画像はそのバックヤードである。

 左側に見える冷蔵庫を見て,同業者の諸兄であれば疑問を抱く事と思う。
通常,業務用の冷蔵庫は箱の上に冷凍機が乗っているわけだが画像に現れているものはそうなっていない。
この冷蔵庫は6枚ドア相当の外寸だが,画像にある通り右下ドア一枚分は食材を納める造りになっておらず,水冷式の冷凍機が取付けられているのだ。内部の冷却器は自然対流式のヘアピンコイルで、とどのつまり数十年も前によくあった町の冷凍機屋さんが製作,施工した特注品だ。
 
 このホテルのオープンは40年以上も前で、件の冷蔵庫はそれ以来ずっとここに鎮座している。分電盤の開閉器を投入すると無骨なコンプレッサーの回る音がしたが冷え方の確認はしていない。
 一度止まった時間がまた動き始めた,そんな物音に妙な感慨を覚えた。

 オープン当時,世の中は高度経済成長期を過ぎて第一次オイルショックの最中だったと覚えている。うなぎ上りの成長は影を潜めたものの日本経済はまだまだ上り調子であり,バブルの崩壊までにはあと20年くらいの時間がある,現在の視点で振り返ればそこがこのホテルの出発点だった。
 当時の俺はまだ小学校の高学年程度の年齢であり,ホテルとはどういうところなのかもろくすっぽ理解できていなかったが、件のホテルは単なる宿屋ではなく結婚式の披露宴や各種のパーティが行われるところでもあるらしいというのは周辺の大人達の会話から何となく察しがついた。

 その後数年して中学生になった俺は、ある日同級生と一緒にこのホテルに入ってみた。ロビーに敷き詰められたふかふかの絨毯の感触やフロントに立つスタッフの身なりからして俺達がおよそ場違いなクソガキである事は歴然で,事実その時の俺はロビーに隣接したコーヒーラウンジで飲むお茶代程の持ち合わせも所持していなかった。
 何の目的もなく単なる好奇心だけで俺と同級生はエレベーターで最上階に辿り着いた。外見からすると最上階には大きなガラス窓が巡らされており,そこに辿り着けばさぞかし結構な景色が眺められるだろうといった他愛もない気分でいた。
 最上階でエレベーターのドアが開くと広々としたフロアーであるはずのその階は3方向に豪華な雰囲気のドアで遮られていた。それぞれが何であったのかを今は正確に思い出せないが,真正面にあったのはフロスティガラス製のドアではなかったか。Sky Loungeと書かれていた事は覚えている。周囲の雰囲気は明らかに洟垂れ小僧が遊び半分で踏み込んではならない場所である事を滲ませており,どちらからともなくひそひそ声で下りるか,と言い出し,俺達は神妙な気分で下りのエレベーターに乗り込んだ。

 そのホテルは今から10年と少し前,デフレスパイラルの最中に業績悪化により倒産し,閉館となった。俺は結局,ガキの頃には別世界への入り口のように見えたフロスティグラスの向こう側を体験する事がなかった。

 ホテルは閉館後,数年して別の出資者によって再開された。請け負った運営会社の方向性は宴会や最上階のレストランなどは切り捨て,安価なビジネスホテルとしての営業に徹するというもので冷え込んだ世相が如実に反映されていた。
 しかし,出張客相手のビジネスホテルというのは大体,移動の便宜上は駅の直近に立地していた方が営業上有利なのは明らかで,市街の中心から少し離れたところに建てられたこのホテルが、幾ら減量経営に徹してロープライスを謳ったところで良い業績をあげられる目算が立たないのは明らかで,これに加えて運営会社のありようは随分と無茶苦茶なものであったらしく,再建の出資者は数年してホテルに見切りを付け,市内の某不動産業者にこのホテルを売却してしまったのだった。

 俺が今日,訪れたのはそういう流れの中での事だった。
厨房機材に関係した要件ではなく,畑違いの電気屋としてで、長くクローズしていた最上階のスカイラウンジだったフロアーを宴会場として使いたいのでワイヤレスマイクやミキサーアンプの設置や動作確認を依頼されたのだった。この商売ネタを俺のところに持ちかけてきたのは奇しくも中学生の頃,この最上階のスカイラウンジの入り口であるドアの前で回れ右をして退散した同級生その人である。

 テーブルや椅子の撤去されたホールはがらんとしており,二方向に大きなフィクスドガラスが巡らされた窓からはすっかりシャッター通りとなってしまった市街地が見下ろせる。ホールの奥にはバーカウンターがあり,夜景を見ながら一杯引っ掛けられるような造作だ。

 俺は脚立を担いであれこれと作業をしながらかつてここで展開されていたであろう風景の事を想像していた。ドレスアップした身なりで予約待ちの間バースツールに腰掛け,夜景を眺めながらカクテルなんぞを嗜み,テーブルに案内されてディナーと相成る。特別な時間と場所、非日常の世界を満喫し,記憶に刻み込んだ人達は今,どこでどうしているのか。
 自分自身のこれまでを振り返ってみて,ホテルのスカイラウンジにはおよそ似つかわしくないありようだったと思う。これから先の短い時間の中でそういう場所にふさわしい者になる事はない。たまさか小金を手にして見栄を張ろうと思ってもそれが実現できる場所は俺の住む田舎町にはもうない。視界に入るもの全ては貧相になり,荒廃していって以前の賑わいを取り戻す事はない。
 失う事と諦める事を積み重ねていく。人生の後半というのはそういう時間なのだな,と,俺はがらんとしたフロアーの片隅でミキサーアンプの配線を調べながら少しばかり感傷的になった。傍らの相棒である同級生は携帯電話を片手に仕事の打ち合わせに余念がない。彼の心中を察する術はないが,失われたものに対する郷愁でさえも取るに足らないとするような逞しさと言うか粗雑さと言うか,今日日のご時世で生き抜いていくためにはそういう属性も必要なのかもしれない。だとすると俺のような者は完全に落第だ。
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くるみ

お久し振りですね(^^)。色んな事があり過ぎると日記を開く気にならない、とゆう事が私にもあるので何となく解ります。日本が景気が良かった頃と今への流れ…社会科の教科書に歴史を刻むのでしょうね(^-^; 年代を語呂合わせで覚えさせられm(__)m。私もあやかる事なく衰退してゆく繁華街を見て生きてきました。もしまた万が一『何とか景気』が訪れたとしたなら、私はそれをあの世から羨ましく眺めてる事と思います(*_*)。
by くるみ (2013-12-13 06:54) 

HarryTuttle

くるみ様,お久しぶりです。
 豊かさとか華やかさを指をくわえて遠くに見ながらそこには辿り着けなかった私の前半生ですが、今日日の若い人達を見ているとそれでもまだ恵まれていたのだと思えます。何かこう,ギスギスした世相になりましたね。
 尤も,いい服とか豪華な食事,立派な家,そういったものが豊かさであり,いいものだと思い込んでいたその価値観自体がどこかで間違っていたのかもしれないとも最近は思うようになってきました。
by HarryTuttle (2013-12-13 09:37) 

007

限られたパイを奪い合う構造で、価格競争が起こり、質も当然低下した世相です、、、小生のお得意様のスーパー経営者の方は「安売りは最早限界に来た」と新聞での取材に応えていました、、、

また、駅近い場所にホテルチェーンが乱立し、敗れた躯体は売り出され、生活保護者専用宿泊所に成ってる例が地元にあります、、、

過当競争のトレンドに乗るか、少数派の生業的?独自商売をするか、
二つに一つの選択の時代でしょうね。
by 007 (2013-12-15 08:15) 

HarryTuttle

007様,いつもコメントありがとうございます。
 物価は下がり,収入も下がりのデフレスパイラルですが,公共料金や税金は絶対に下がらないどころか未納者や滞納者に対してはこれから先は強制執行をバンバン行っていくのだとか。
 こんなご時世で値下がりしないものは何なのかを調べてみると世の中の仕組みが浮かび上がってきそうですね。
by HarryTuttle (2013-12-19 10:09) 

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