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あけてくれ!(2) [お仕事上のぼやき]

前回のエントリーはこちらです。
http://tuttle.blog.so-net.ne.jp/2011-02-08

ごくたまに,『あんたのブログを見たよ』と同業の御仁なりお客さんに言われる事がある。 元々他人様に読んで頂く事を意識して書いているわけではないので大変恥ずかしい気分になる。 何度も書くように,元来,物事を継続する意思には著しく欠けており,何をやっても中途半端な尻切れとんぼばっかりだ。 ただ,どうも先のエントリーの続きについては複数の方々から顛末をちゃんと書いてくれという要請があったので半ば義務感で続きを書かせて頂く。

 続き,と言っても大してドラマチックな展開があるわけではない。
現にこうして俺は今,五体満足なままで普通の生活を送っているのだし。
食品庫に閉じ込められた俺は真夏のさなか,冷や汗やら脂汗やら何やらなにせ汗まみれで脱出方法についてない知恵を振り絞って考えた。

 何と言ってもかっこわるい結末は避けたかった。閉じ込められた食品庫から大声を張り上げて助けを乞うような真似はしたくなかった。何とか自力で脱出はできないものかと考えを巡らせたのだった。
 廊下を行き交う調理員のおばさん達の足音が段々減っていく。残った時間はあまりない。夜の9時になれば防災センターの警備員が巡回に来るのでそのタイミングを狙えば間違いなく出られはするのだが繰り返すようになんだかみっともないのでそれまでは待てない気分だった。

 はたと気がついたのは現場には手持ちの商売道具を持ち込んでいるのでドアノブを分解して脱出できはしないか,という事だった。
 どうしてそれに気づかなかったか,というご意見はあるだろうが何しろお客さんの建物だ。幾ら閉じ込められたからといってドアノブをばらすのはいかがなものか,という自制が働く程度には俺にも冷静さが残っていたという事になるし、分解したドアノブを元通りに組み立てられなくて弁償する事になったら修理代から出てくる利益なんぞ簡単に吹っ飛んでしまうというせこい計算も働く。
 とはいえ背に腹は変えられない。素人なりの猿知恵でドアノブの分解に取りかかった。

機械いじりは確かに俺の生業だがドアノブの分解となると当たり前だがまるっきり勝手が分からない。分からないが取り付けられた物なのだから取り外す事はできるだろう,ああでもないこうでもないとすったもんだやった挙げ句,食品庫側の把っ手はどうにか外れた。
 外れたあとには四角い断面でギザギザのついた,何と言う名称なのかは知らないが何せドアノブのシャフトが突き出ていた。把っ手はこのシャフトに被さるだけの物でしかないらしい事は俺の足りない頭でも理解できた。

 シャフトはスプリングが利いていてドアノブを捻る時の抵抗感とはこれの事だったのだな,と,大して役にも立たない事を一つ,そのとき俺は知った。
 問題なのはシャフトをいろんな風に捻ってみてもロックは頑として解除されない事だった。何がどんな風になってロックされているのかがさっぱり分からないのでがちゃがちゃとでたらめにいじくり回しているうちにシャフトはぐらぐらと遊びが増え,取り付けが不安定になって来た。
 シャフトは前後方向にガタが出始めて来たので,俺はいっその事,廊下側にシャフトごとドアノブを押し出してしまったらドアが開くようになるのではないだろうかと何の根拠もない素人考えを巡らせ、独りよがりな期待を募らせた。
 室内は物凄く暑くなっていた。俺もドタバタのせいですっかり汗だくで体中がベタベタして大いに不快感が高まっていた。シャフトを廊下側に押し込むとそれは固い音を立てて廊下の床に落下した。ドアノブの地理付けられていたあとには直径4センチくらいの丸い穴が空いていた。何の確証もなく,俺はドアノブを丸ごと外したのだからもうドアは開くものだとばかり勝手に思い込んでドアを押してみた。

 しかしどうだ,無情にもドアは厳然として微動だにしない。廊下側のドアノブには鍵穴がついているのだからそれを外しさえすれば施錠が解けるのではないかと素人考えでドジを踏んだ事を悟って俺は地団駄を踏みたくなった。
 食品庫の中は相変わらず暑い。俺の頭の中はそれまでカッカしていたのにこのとき急にひやっとした。時計を見ると7時20分くらいを指していた。残っている調理員はあと4,5名くらいだろう。その人たちは食器洗浄の仕事をしていて業務終了が8時,後片付けをして休憩室で着替えをして退勤するのが大体8時10分から20分の間というのがいつもの流れだ。
 じたばたせずにその時間まで待って食器洗浄のおばさん達が廊下を通りかかるタイミングを見計らってドアを叩いて大声を出せば,格好悪いながらも廊下から鍵を開けてもらって脱出はできるのだ。
 それがこうしてドアノブを外してしまえばどんな事になるか,食器洗浄のおばさん達には機械の心得などまるっきりありはしないのだ。床に転がっているドアノブを廊下側から取り付けるような事など期待するべくもないのははっきりしている、そのとき俺はどうすればいいのか。

 余計な事をしたばっかりに尚更ややこしい状況になってしまった。なんでこう,何から何まで悪い方にばっかり転がっていくのか。
 頭に来てつい,俺は鉄扉に飛び蹴りを食らわせた。鉄扉はでかい音を立てたが相変わらず厳然としており,廊下は閑散として何の気配もない。ただ,俺が足の裏を痛くしただけだ。
 憔悴気味の俺は気持ちを落ち着けようとしてついついタバコに火をつけていた。病院の食品庫でタバコを吸うとはとんでもない話だが,そんな見境もつかないくらい考えが混乱していたという事なのだ。幾らも経たないうちに俺は少し冷静さを取り戻し,なんぼなんでもタバコはいけないと思い長い吸い殻を霜取り排水のなみなみと溜まった4リットル入りのケチャップの缶に放り込んだ。

 煙草を吸えないのは物足りないが,じたばたしてもしょうがないので道具を取りまとめておばさん達が帰るのを待とうと商売道具を片付けているうちにひどく喉が渇いている事に気づいた。考えてみると夕方からもう既に2時間かそこら,汗だくになってドタバタし続けているのだから喉が渇くのも無理はない。
 最初俺は車に置いて来た飲みかけの缶コーヒーの事を思い出した。どうせ今はすっかりぬるくなってうまくも何ともないのだろうが今ここにそれがあればどんなに嬉しいか。
 次に俺はその修理が冷凍庫ではなくて冷蔵庫だったらどんなについていたかと思い,気分を幾らか凹ませた。冷蔵庫であれば牛乳だったりジュースだったりが入っているのだから、怪しからん行いではあるが一個失敬したあとで食品庫からの脱出後,事情を説明して弁償すれば案外多めに見てもらえそうな気もする。
 しかしここ,食品庫にあるのはさっきまで俺が霜取り解氷のために格闘していた冷凍庫だ。アイスクリームさえも入っていない(病院の給食なんだから当然だが)。入っているものと言えば冷凍かにクリームコロッケだとかいったものばっかりだ。大体冷凍庫なのだから液体がそこにあるわけなどない。
俺はひどく喉が渇いていた。着ているシャツは濡れ雑巾みたいになっていていい加減脱水症状みたいなものが出始めて来てさえいた。頭がぼうっとしかけてやたら口の中が粘ついて何でもいいから液体を口にしたくなっていた。
 
 ここでふと,ケチャップの缶に目がいった。
その中に入っているのは,俺の閉じ込められた食品庫の中にある唯一の液体なのだ。
その液体とはさっきまで俺が解氷していた霜取り排水である。
冷蔵庫,冷凍庫,いずれも運転すれば庫内には必ず,大なり小なり必ずカビが発生する。
そして一般に,この手の冷機器は庫内でファンを回して冷気を循環させる。
従って霜取り排水は必ずカビ臭いものだ。
俺はケチャップの缶に鼻を近づけてみた。予想通りイヤな匂いが鼻を突いた。とても飲めたものではない。ましてやつい今しがた,俺はタバコの吸い殻をこの中に放り込んでいるのだ。タールとニコチンの溶け出したカビ臭い霜取り排水・・・・ふやけた煙草の葉っぱが水面に漂っているのを見るにつけ,俺はここでまた自分の愚行を腹の底から後悔した。頭をかきむしりたい気分だった。
カビ臭かろうがそれはとりあえず水だったのだ。いやだが飲んで飲めない事もないだろう。
しかしタバコの吸い殻を放り込んでしまえばそれはもうとても飲む気にはなれないものだ。
以前、間違ってタバコを一本落っことしたコーヒーをそのまま飲んで具合を悪くした人がいたという話を聞いた気がするのだ。
何ともバカな真似をしたものだ。ひどく悔しい気分を噛み締めながら俺は脱力した。

気のせいか息づかいまで乱れて来たように思える俺は疲労困憊して床にへたり込み、汗でグダグダになりながら少しの間呆然としていたのだが,もっと深刻な出来事が襲いかかっている事に気づき、吹出す汗はたちまち冷や汗に変わった。(この項続く) 
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くるみ

またまた続くのですね(笑)私も皆様同様に気になり待っていたのです。下手な小説よりスリリングですね。真実は小説より奇なり(*_*)ですね。のんびりと続きを楽しみにしてます(^o^)/
by くるみ (2011-04-24 02:03) 

NO NAME

続きを書いて頂きありがとうございますm(__)m
by NO NAME (2011-04-24 07:22) 

HarryTuttle

くるみ様,コメント有り難うございます。
小説ではありませんからドラマチックな展開はないです。おいおい続けていきますが何とも締まりのないオチしかないのです。大変心苦しいのですがご期待に添えるような展開にはならないので予め弁解させて頂きます。
by HarryTuttle (2011-05-15 01:28) 

HarryTuttle

NO NAME様 コメント有り難うございます。
上のコメントにも書きましたが尻すぼみな推移でしかありません。
しょうもない身の上話の垂れ流し程度に受け止めて頂いた方がご期待を裏切らずに済むと思っているのです。
by HarryTuttle (2011-05-15 01:33) 

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