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何が食育だ!(焼き肉バイキング店に群がる面々を嗤う その1) [困った客]

 昨日(だったかな?)食育云々と書いていたらだんだん腹が立ってきて書き足りないことがモヤモヤと湧き起こってきたのでもう一つ。

 いつだったか、遠方に住む兄が甥を連れて来ると言うことで私の親が夕食は外食にすることに決めた。場所は私の住まいの近くにある焼き肉バイキングとのことだった。

 ところで私はこの、焼き肉バイキングという形式の店舗が大嫌いだ。若い頃、今以上に貧乏だった頃には食欲を満たしたいだけの理由でそりゃもう行った。おなかが苦しくなるくらい食べまくってホールスタッフにイヤ〜な顔をされるくらい食べまくったがある時からは止した。今は何が何でも行くものかと思っている。知人に誘われたときも行き先が焼き肉バイキングであれば断ることにしている。それくらい私はこの形式の店舗が嫌いだ。

 理由ははっきりしていて、浅ましい場所だからだ。愚劣な場所だからだ。およそ人間の食欲を最も下品で不埒な姿で露呈させる場所だからであってそういう獣並みの群衆を目にしながら飯を食う気にはなれないのである。
 私は特段、高尚な食べ歩きの趣味があるわけでもないし美食家でも何でもないただのオヤジだがそれでもああいう場所はダメだ。

 ダメさ加減の第一は何を食ってもまずいということだ。これまで覚えている限り全てそうだがとにかく塩辛く脂っぽい。うまいまずいは所詮主観であってという一般論はここでは通用しない。仮にもこの俺は過去20数年舞台裏に関わり続けてきたいわばインサイダーなんだぜ。舞台裏の仕掛けはわかってるのだ。
 ああいう場所ではとにかく意図的にあたりをきつくする。「あたりがきつい」というのは調理師の符丁で味付けを濃くする、刺激感を強めるという意味である。人の生理として、過度に塩辛いものは味覚を狂わせ、食欲を減退させる。そうすることで沢山食べられないようにする。言い換えると元を取られないようにとあらかじめ考えられているのだ。

 大体、「元を取る」などという客の心理が品性の低さを物語っている。元を取るとは何事か。これは幾らくらい、あれは幾らくらいと皿に料理を取りながら頭の中で計算でもしているのか、外食とはそういうものなのか。
 余程特殊な労さ強度の持ち主でもない限り、人が一度に食べられる食事の量は大体決まっていて一般に350グラムである。健啖家と言われる人でも精々500グラムがいいとこだ。それ以上は不摂生を覚悟の暴食か特異体質か、あるいはプロレスラーや力士みたいな、食べることが殆ど職業でもあるような人々の世界である。
 およそ普通の感覚で食事を済まそうと思えば元など取れるわけがない。

 ああいう場所に行きたがる人物の弁解めいた同機として、焼き肉自体は主たる目的ではなくて、いろいろなフードメニューがあって選り取り見取りであれこれ食べられるからというのがバカの一つ覚えみたいなセリフであるが、笑止であって浅ましいことこの上ない。
 そんなに色々食べて腹一杯になりたいのならコンビニ弁当を3つくらい買って食ってみればよい。そっちのほうが安いしうまい。出来るか?やるか?

 説教臭い物言いは大嫌いだが、食べるというのは第一に生きるためではないのかとサガリの入ったステンレスバットめがけて皿を片手にサンダル履きで突進するたわけた連中を眺めて思う。
1500円を払い、30分も待たされてこういうことをしたいのかと心底軽蔑してしまうのである。(続く)
 

 

 

 


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