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同類の匂いを嗅ぎ取る [困った業者]

 とある山間部の集落にあるベーカリーショップでの修理が本日のメニューである。
 ここ数日の俺は土曜日の仕事はテンションが上がらんなどと悠長なことを言っていられる状況にない。ありていに言って金がないからだ。金がないときの俺は精神に張りが出る。土曜日の弛み具合と相殺勘定すると大体ちょうどいい具合というのが本日のコンディションである。
 コンディションはさておいても金欠にならないと仕事に気合が入らないというのは大変困った傾向で、これは俺はこの先絶対金持ちにはなれないことをあらわしている。

 本日のメニューは冷蔵庫の修理で吐出弁の破損したコンプレッサーの交換だ。
割合と利益率のいいお仕事ではあるが俺は最近、余り出来の良くない冷媒漏れの検知器を無理して買い換えており、これの支払額は今回の修繕で出てくる利益からもう3万円くらい上乗せしなければならないのでぬか喜びしている場合ではないのだ。

 作業は順調に進んだ,と言いたいところだが実際はそうでなく,本日も俺にはトンマな出来事が襲いかかって来る。
先月末頃の修理でそろそろ残量が心許なくなっていたのが溶接機の酸素だ。あと一回分くらいの残量はあるのではと甘い見通しでいた俺がバカだった。
作業途中で,エンジンがかかり始めたところで溶接機のトーチはだんだん炎が赤くなり,火力の勢いが落ちたので俺は懸念が的中したことを知った。安定器の圧力ゲ−ジは無情にゼロを指しており、これ以上は溶接の作業が続行できないことを表している。

 しかしまだまだ先行き長い作業途中で,現場は山間部の集落だ。どうするよ?と俺は困惑した。
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画像は本文とは関係ありません


 俺は得意先に状況を説明し,どこかこの集落に鉄工所か何かがありはしないかと訊ねた。時刻は夕方近くになろうとしていたが,何とか酸素のボンベを貸し出してもらって仕事にケリを付けておきたかった。

 幸いなことにその集落には一件,鉄工所があるらしかった。得意先のオーナーに所在を教えてもらい訪ねてみるとある商店の隣にあまり普請の立派そうでない,鉄工所というよりは鍛冶屋と形容した方が適当そうな建物があった。

 工場というか作業場というか,とにかく工作機械や溶接機が散乱する場所は脚の踏み場がないほどで、俺はそこでエントロピーという言葉のことを思い出した。
 恐らくここは一人親方の営む鍛冶屋で,どこに何があるのかは本人だけが知っている,そういう場所だ。何故そういうことがわかるかというと,これを書いている俺自身がそのような性癖を持っているからだ。

 作業場に繋がった住宅の玄関先から出てきた主はまさにそのような人物で,無精髭を生やして牛乳瓶の底のようなメガネをかけた風貌は彼が長年,溶接の仕事を続けてきたことを物語っていた。
 こと溶接に関しては,俺のような者が長年鉄工関係に従事してきた職人に太刀打ちできるわけはない。貸し出してもらえることになったでっかい酸素ボンベを転がす俺の手つきを見てかれはたちどころに俺の溶接の造詣が付け焼き刃程度であることを見抜いた。

 俺の身長ほどもあるでかくてクソ重たい酸素ボンベをひいひい言いながら車に積み込むと既にその時点で俺の呼吸は乱れていた。
 まあ頑張れや,という親方にお礼を言い,俺は件のベーカリーショップに引き返した。ボンベの取り回しには本当にくたびれた。重量を量ったわけではないが容器の重量だけでも60kg以上はあったのではないか。本筋のコンプレッサー交換の何倍も馬力を要する作業だったと書いておく。
 
 冷蔵庫の修理はさておくとして,俺は鉄工所の親方のことが気になっている。
何というか,彼は俺と大変似た傾向の人物であるような気がしているからだ。酸素ボンベを借り出す相談に於いて俺は当然,その使用料を支払うことを伝えたが彼はそれは終わってからにしようとか大して溶接箇所が多いわけじゃないだろうと言い,はっきりした金額を取り決めないまま出掛ける用事があるからと言い残していなくなってしまったのだ。

 断言してもいいが,彼から請求書が届くことはない。幾ら幾らという使用料が提示されることもない。
俺の側から持ちかけない限りこの件はなし崩しで有耶無耶になっていくに決まっている。
 仮に次回,あってはならないことだが同じことがあった場合頼み事をしづらくなるのでここは何としても金銭的な解決を付けておかなければならないがきっと彼にとっては関心外のことではないか。”俺に大変似た傾向”というのはそういう側面であり,平たく言うと商売っけがない。

 こう言っては失礼だが,山間部の集落で長いこと一人親方として鉄工所を営む彼はその職人的実力に見合った境遇にありそうには見えなかった。何によらず,職人とか技能職というのは田舎に引っ込んで自営開業するにあたってはそれまで覚え込んだ多くの抽き出しを活用する機会を失い,日銭を稼いで生活できる程度の収入があればそれで良しとする一種の諦念と、どうせ誰にも自分の仕事の本質はわかってもらえないという虚無感と無縁ではいられない。
 そういったものと向き合いながらモチベーションを保つのは大変なことだが,働かなければ食っていけないのでその必要に迫られて日々を過ごす構図に俺は何かしらの同一性を見出すのだ。明らかな違いは,俺の腕前はさほど大したものではないところだな。
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007

溶接の免許は所持してますが、H社在籍時にもあまり場数を踏んでいません、、、
故に下手です、否下手でした、が正しい表現です・・・現在は無縁だから全然出来ないのと同じですね。

市販品で間に合わず道具を造る場合に、溶接機が欲しい時がありますが、誤魔化しでしのいでます、、、あとバンドソーとか欲しいのですが(^^ゞ、、、

以前従事した改修工事で、昭和初期の建造物の天井裏の埋め込み照明器具の固定枠は、溶接組の堅固な手造りにて驚きました、昔の電気職人の力量の凄さを感じました。

今は価格comで安さ第一の時代、、、特別な技は過去の忘れ去られた物語りと成っています、、、
真に残念なことです。
by 007 (2013-09-09 19:42) 

くるみ

当人様は気持ちの上や生活面において大変だったりするのでしょうが、無責任な言い方をすれば…とても格好良いです(^o^ゞ!!。極めた感じがするのです。自身の『人生』に信念持って生きてるような。私もその日暮しに近い生活ですが、真逆の路線で、雇われの身なので他力本願な気がするのですm(__)m。自分さえ食べて行ければ…家庭を持つと少しは意識が変わるのかと思いますが、そういった要素は皆無なので、だらだらと生きて行くんだろうなと変に認めてしまってます(^^;(笑)。
by くるみ (2013-09-11 07:24) 

HarryTuttle

007様,いつもコメント有り難うございます。
使う機会が減ったために錆び付いてしまう技量が生まれてしまうのは私にも身に覚えがありますが,せっかく苦労にして身につけただけに惜しいですね。御自身及び時代の変化ということで割り切らざるを得ないのですが,先人の職人技に対するリスペクトは持ち続けていたいと私は考えています。
by HarryTuttle (2013-09-29 13:17) 

HarryTuttle

くるみ様,いつもコメント有り難うございます。
 私事ですが,同級生の大半は大企業に就職して型通りの人生を送っており,それに比べて私のような野良犬稼業は何とも割りに合わないことが多いなあ,と,慨嘆することの多い昨今なわけです。
 若い頃に大都市圏で厳しい仕事を経験してUターンしてきた方々に共通していますが人や社会を見る目がどこかシニカルなものになっていくように思えています。良く言えば冷徹と言うか。
 個人として自立するというのはそういう視線の持ち主になっていくということなのかもしれませんね。
by HarryTuttle (2013-09-29 13:25) 

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