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0.6mmの穴 [困った業者]

 某フライドチキンのファストフードチェーンにて稼働しているオープンフライヤーは納入以来稼働歴は30年近くにもなろうかという年代物で,俺の住む土地での管理台数は一店舗分,2台きりになってしまった。メーカーのサービスマンも世代交代が進み,今では若いサービスマンが触ることは殆どなく俺のような社外の協力会社にババ抜きよろしくこういう仕事は回されてくるのである。

 バーナーユニットの画像はないが,SS(白ガス管)で組み立てたヘッダーにブンゼンバーナーが30本くらい組みつけられたものである。そのノズルを交換する,というのが作業内容である。
 燃料の種別はLPGで、ノズル径は0.8mmと0.6mmの2種類があり,火力の異なるバーナーを規定の配列で構成することになる。  

依頼元が言うには,現場で状況に合わせてノズル径はオーバーサイズしてもらうかもしれないとのことで俺はハイハイとその言い分を聞いていた。
 しかし現物が届き,中を開けてみて俺には暗い記憶が蘇ってきた。交換用のノズルは未加工であり,現地で0.6mmと0.8mmの穴を開けろということだったのだがそれを見て過去のぶざまな失敗を思い出したのだ。以下はその失敗談,10年くらい前の話を思い出せる範囲で書き残しておく。

 とある燃料販売店からの依頼でオープン前の某ビジネスホテルで中古品としてかき集めた厨房機材の試運転依頼をそのとき俺は受けた。
 そのうちの一つにガスフライヤーがあり,ガス種が6BであるものをLPGに変更することになった。製造元は日本調理機であり,大変古い製品なので当時既にストックパーツは底をついていた。
 既に6B用に製作されたノズル径を狭める作業なので穴は一旦砲金で埋め,面取りをしてから規定の口径の穴を開ける作業だった。この時のノズル系は0.8mmだったと覚えている。
 錐先は大変細く、当時今以上に無知だった俺はこの時キーレスチャックでコードレスのドライバドリルを使ったが結果は無惨だった。
 今でも変わっていないと思うが,当時使っていたような9.6Vのドライバードリルでは1mm未満のチャッキングは出来ない。ちょっと使い込んでチャックが減っていればドリルの刃をきちんとホールドできないし何とかできても回転時にセンターが出ない。
 俺の手持ちのドリルを一渡り眺めてみると,チャックの能力で1mm未満に対応するものはない。厨房屋の業務で1mm未満の穴を開ける場面というのは殆ど全くないといっていい。
 
 自分の無知さ加減に落胆しながら俺は小径の錐先で使用できる小型のドリルを買い込んだ。当時の勤務先の業務範囲で言えば用途のない道具だったし,不況で色々決裁が厳しい時期でもあったので仕方なしに自分の持ち出しで買い込んだのだ。

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 しかしリトライの結果は大変惨めなものだった。それは俺の無知さ加減を如実に表しているものであり、過去の失敗を今の今まで忘れていた俺の記憶力に問題があることをも示している。

 そもそも薄っぺらいワークに穴を開けるのならともかく,砲金の無垢棒から削りだした加工品であるノズルに穴を開けるのにハンドドリルなど無茶苦茶な了見であることをそのとき俺は思い知ったのだった。
 0.8mmとか0.6mmとかいうサイズの錐先はハンドドリルに取付けた状態,ということは人が手でホールドした状態では鉛直が出ないので斜めに切り込むことになり応力ひずみによって穴開け途中で錐が折れる。考えてみれば全く当然の話でが当時の俺にはそこに思いあたるだけのおつむがなかった。こういう加工には当然,ボール盤が使われるのだがそんな予備知識が俺にはなかった。

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 困ったのはワークであるノズルの中に折れ残った錐先を取出す作業で,何をどうやって取出したのかはもう覚えていない。
 結局そのとき俺のやったことといえば,1.2mmくらいで明らかにオーバーサイズの穴を開け,続いてハンマーで穴開け面を叩いて潰し,目検討のヤマ勘でノズル径を狭めて不完全燃焼しないようにトライアンドエラーで帳尻を合わせたのだった。
 無茶苦茶に手間取り,疲労した。俺の黒歴史の一ページである。今でも時々,普通に燃えているかと心配になる時がある。

 そのとき買い込んだ小型のドリルは今でも大して使うことがなく,すっかり埃をかぶっている。ドリルスタンドを買い込んで活用しようとも思ったが残念ながら使えるスタンドが今のところ見当たらない。だからといって大した修繕費にならない上に10年に一回程度の加工作業にわざわざボール盤を買い込むのも現実味のない話だ。
 俺は依頼元に工場で穴開けを済ませたものを支給してほしい旨を伝えた。現場で支給品をダメにして混乱するよりはそちらの方がまだマシだというのがその判断だ。
 対して依頼元の若い兄ちゃんは憮然たる表情で応えた。現地で加工してくれと工場が言っているからというのがその根拠らしい。それで俺は少しばかりヒートしたのだ。
 それは工場の言い分がおかしい,ハンドドリルに0.6mmの錐先を取付けて砲金の無垢棒に穴を開ける芸当など俺には出来ない。出来るというのなら授業料を払ってもいい,君でも工場の誰かでもいいから一度俺の目の前でやってみせてくれ、大体こうして間に立っているあなたはそれが出来るのか?やったことがあって,それが可能だから俺にそれをしろといっているのかと俺が息巻くとあんちゃんは更に憮然として口をつぐんだ。

 ここであんちゃんをこき下ろすつもりはない。 経験の足りない若い衆にとって所属している会社の工場が述べる所見は絶対的なものだろう。日頃自分で勉強していればそのくらいの事はわかりそうなものではないかという見え方もあるがここではそれを言わない。
 似たような出来事は掃いて捨てるほど沢山あるのだが、日頃思うに厨房関係の同業者で議論というものを戦わせた記憶が殆どない。あるのは経験談を披露し合う事だけだ。多くの場合、議論という局面になりかかると殆どの人は憮然として俺を睨みつけるかそっぽを向く。
 己の弱点を知り、修正し、成長していくという過程がこの業界にはない。多くは入社した時のポテンシャルのまま付け焼き刃の経験則のみに頼り横方向に水ぶくれしてくだけであって掘り下げていくという事をしない。俺はそういう成長過程を端から見ていて歯がゆく思っていたが、最近思うにこの業界はそれでいいのだろう。
 工場の設計開発部門に噛み付いてその所見に議論を挑んでくるようなサービスマンはきっといらないのだ。これを更に突き詰めていくと技術論としてきちんとした所見を述べる事のできるサービスマンが必ずしも得意先から高い評価を得ているわけではない、という構図に端を発しているように思う。何から何まで未熟で穴だらけの業界事情ではある。 
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007

柵内の方(サラリーマン)と柵外の方(自営)との考え方の差でしょうね。

リーマン時代は、例えば、何問解決思案してると「そんなの業者に頼めば良い」とか、、、難儀して電検取得すると「あんた偉く成ったな、差付くからそれ以上資格取るなよ!」とか、そんなアホな事を言う同僚が居ましたから、、、

小生は柵から飛び出て正解だったと思います。
by 007 (2013-06-15 05:06) 

くるみ

高価なお道具…私の知り合いにも結局1~2回しか使わなかったのに、何十万もするマグロ用の包丁を買った人がいます^_^; お仕事に対する意識の向上が見受けられないのは 厨房関係だけじゃなく、様々な業種にも存在するガッカリな事だと思いますm(__)m。自分もそんな中に居ても これでいいやと思わずにいたいと思いますが、会社組織になると難しい物があります(+_+)。行動すると疎外されます…。
by くるみ (2013-06-15 08:02) 

HarryTuttle

007様、いつもコメントありがとうございます。
 お節介ながら、ひどい職場だったのですね。常々思うのは男のひがみは本当に始末の悪いものだという事で、無能な中堅社員が俺様基準で仕切り始める事を野放しにしているとその会社は大体間違いなく停滞していきますね。有能な人材は能力を発揮できる場を求めてどんどん転出していきます。

 面倒ごとは何でも外注任せを繰り返しているうちに社内は技術力が枯渇して無惨な空洞化という実例は多々見受けられます。私の思いつく典型的なのは電力会社でしょうか?

 正真正銘、自分の実力を最大限まで試そうとすると会社というものは足かせになってしまうケースはあると思います。
by HarryTuttle (2013-06-15 10:02) 

HarryTuttle

くるみ様、いつもコメントありがとうございます。
 悪い意味での横並び意識が弊害をもたらす、というのは間違いなくあると私は考えています。

 全体が低レベルである事に何の問題意識も持たずにいる集団というのはいずれ外部の何者かによって粉砕されてしまうのが歴史の教えるところだと思うのですが、そういう声を上げる人は「変な奴」として遠ざけられる、村社会である事の悪い面はいつになっても是正されていないように思えています。

 マグロ用の包丁の件は笑えないお話ですが、自分の持ち物を最大限に活用できているか、本当に投資に値するだけの買い物であるのかをきちんと検討したかを反省する出来事としてそれはそれなりに意義のあるお買い物だったとここでは好意的に捉えます。後はご本人の学習能力次第、ということで。
by HarryTuttle (2013-06-15 10:16) 

007

真に酷い会社で、上から下まで腐敗してましたね、、、
しかし、リーマンショックで最悪経営状態を、単に汚ない人員整理のみで乗り切りを謀った新社長共を小生は許せない!!!
・リストラにはやり方が有る!”・のだ、と、、、

でも良い経験したような気もするこの頃です(^_^;)V
by 007 (2013-06-15 16:30) 

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