函館名物ジャンボラーメンを巡って [含蓄まがいの無用な知識]
○○重工から依頼のあった函館でのお仕事は昨日夕方前に無事終了。
今回の納入先には販売店であるところの某社(ここは俺の以前の勤務先でもある)函館営業所長様がわざわざ見えられた。勤務していた営業所は異なるが入社はほぼ同時期で俺としては同僚みたいな親近感もあった方でこの業界にしては珍しく大変立派な人格者でもある所長様とは十数年ぶりの再会というわけで感慨も一入といったところ。俺のおめでたい頭からは移動の苦労がどこかにすっ飛んで消えた。
その日暮らしで野良犬稼業の俺とは大違いで所長様はある種の風格をたたえるまでになっており,元々の人徳と時間の経過をかけ算すると同じところからよーいどんでスタートしても人間,こうも差がつくものかと俺は自分を情けなく思った。
お仕事を終えて函館市内に戻り,帰りの汽車までかなり時間があるので少々早めの(俺にしては,だが)晩飯を済まそうと思って駅周辺をうろついた。前回のエントリーで書いたように中年過ぎのオヤジがポンプの詰まったザックを背負い重たい工具鞄をぶら下げて歩き回るのは結構くたびれる。
駅の近く,観光名所である朝市の並びにオーテというビジネスホテルがあり,入り口近くにジャンボラーメンなる看板が出ていた。
2階にあるその店舗に入るといかにも昭和っぽい内装で洋食屋然とした造りだったので少々意外だったのと同時に妙に懐かしいような嬉しいような気分がにじみ出てきた。考えてみるとこういう店舗は本当に少なくなった。
菜っ葉服はデロデロに汚れている上にわけの分からんでかい荷物を二つも抱え込んでいるので気味悪がられて追っ払われるかと思ったがお店の主とおぼしき方は結構気さくに『おう,どこでも好きなところに座れや』と感じが良い。たまたまホテルの夕食の時間が過ぎてホールには誰もおらず,落ち着いた頃だったせいかも知れない。
図々しくカウンターに陣取ってメニューブックを眺めると失礼ながら結構ご高齢とお見受けした主がカウンター越しに俺の菜っ葉服の胸元あたりを凝視していた。
看板に謳われていたジャンボラーメンをオーダーすると主は『疲れた顔してるなあ,おい』と嗤って一旦キッチンに引っ込んだ。出てきた名物はこうだ。
これまで何度も繰り返し書いてきたように俺は特段食べ歩き自慢でもなんでもないが,これがラーメン屋のラーメンでない事はすぐに分かった。正しい捉え方としては麺の入った味噌仕立てのブイヤベースだ。キッチンから出てきた主にそう言うと彼はニヤッと笑った。
「俺ぁ洋食屋だからよ。よくわかるな,あんた」
「俺も厨房屋っすからね」
「○○の人か?」俺の元の勤務先を主は言い当てた。そのとき来ていた菜っ葉服が元の勤務先のものだったせいだろう。少し前に俺の胸元を見ていたのはそういう事だったのか。
以前勤務していたが7年前に退社して自分で修理屋を始めた,と話すと主は若い頃の勤務先で機材の納入元があんたのとこだったんだよな,と種明かしをしてくれた。
どっから来たんだ,あんた、と尋ねられて答えると主は,「おう、知り合いがいるなあ。○○さんとか××さんとか」といった固有名詞をすらすらと並べた。俺の地元では結構以前に司厨士協会の支部長だったり幹事長だったりしたお歴々で、中には俺が随分お世話になったお客さんもいた。世の中は結構狭い。
主は以前、司厨士協会函館支部の幹事長だった。ご高齢なのでだいぶ以前に退き,現在は顧問を務めていらっしゃるのだそうだ。道理で顔が広いはずだ。
汽車の発車時刻にまではまだだいぶ時間があった。「おう、そうかそうか、まあゆっくりしていけや」とか何とかいわれて食後のコーヒーまで出されて初対面の客がこんなに図々しい真似をしていいものかと思いながら雑談に興じた。
話題は当然ながら業界の裏話ばっかりでやけに盛り上がる。
件のジャンボラーメンは単なるヒットメニューであるばかりでなく,小野正吉氏や村上信夫氏も函館に来るとこのお店に立ち寄っては喰っていったのだそうだ。もっと正しくいうと,主は東京で働いていた頃からその辺筋との人的交流がおありだったらしい。出稼ぎに来た函館で,たまたま夕食のために入った店でそんな話が聞けるとは思わなかったので俺はついつい時間を忘れて主の話に聞き入った。
とどのつまり,主の業界に於ける立ち位置はこういう事が土台であるらしい。「俺ぁ日活(ホテル)の出でなあ、馬場さんの下でやってたんだ」
野暮な説明はしない。ジャンボラーメンはそういう背景の方が考案されたメニューな訳だ。しかしまあ凄い経歴だわいと俺は舌を巻いた。
「バンブラン・ソースとか言ったってよ,分かる奴もいねえしな」主はカラカラと笑い飛ばした。
渋い,この主は渋すぎる。
『戻ったら○○さんに宜しく言っといてくれや』と、快く送り出して頂いたのだが本拠地に本日戻ってきた俺はいずれ何か理由を見つけてまた函館まで来たい気分になっている。
今回の納入先には販売店であるところの某社(ここは俺の以前の勤務先でもある)函館営業所長様がわざわざ見えられた。勤務していた営業所は異なるが入社はほぼ同時期で俺としては同僚みたいな親近感もあった方でこの業界にしては珍しく大変立派な人格者でもある所長様とは十数年ぶりの再会というわけで感慨も一入といったところ。俺のおめでたい頭からは移動の苦労がどこかにすっ飛んで消えた。
その日暮らしで野良犬稼業の俺とは大違いで所長様はある種の風格をたたえるまでになっており,元々の人徳と時間の経過をかけ算すると同じところからよーいどんでスタートしても人間,こうも差がつくものかと俺は自分を情けなく思った。
お仕事を終えて函館市内に戻り,帰りの汽車までかなり時間があるので少々早めの(俺にしては,だが)晩飯を済まそうと思って駅周辺をうろついた。前回のエントリーで書いたように中年過ぎのオヤジがポンプの詰まったザックを背負い重たい工具鞄をぶら下げて歩き回るのは結構くたびれる。
駅の近く,観光名所である朝市の並びにオーテというビジネスホテルがあり,入り口近くにジャンボラーメンなる看板が出ていた。
2階にあるその店舗に入るといかにも昭和っぽい内装で洋食屋然とした造りだったので少々意外だったのと同時に妙に懐かしいような嬉しいような気分がにじみ出てきた。考えてみるとこういう店舗は本当に少なくなった。
菜っ葉服はデロデロに汚れている上にわけの分からんでかい荷物を二つも抱え込んでいるので気味悪がられて追っ払われるかと思ったがお店の主とおぼしき方は結構気さくに『おう,どこでも好きなところに座れや』と感じが良い。たまたまホテルの夕食の時間が過ぎてホールには誰もおらず,落ち着いた頃だったせいかも知れない。
図々しくカウンターに陣取ってメニューブックを眺めると失礼ながら結構ご高齢とお見受けした主がカウンター越しに俺の菜っ葉服の胸元あたりを凝視していた。
看板に謳われていたジャンボラーメンをオーダーすると主は『疲れた顔してるなあ,おい』と嗤って一旦キッチンに引っ込んだ。出てきた名物はこうだ。
これまで何度も繰り返し書いてきたように俺は特段食べ歩き自慢でもなんでもないが,これがラーメン屋のラーメンでない事はすぐに分かった。正しい捉え方としては麺の入った味噌仕立てのブイヤベースだ。キッチンから出てきた主にそう言うと彼はニヤッと笑った。
「俺ぁ洋食屋だからよ。よくわかるな,あんた」
「俺も厨房屋っすからね」
「○○の人か?」俺の元の勤務先を主は言い当てた。そのとき来ていた菜っ葉服が元の勤務先のものだったせいだろう。少し前に俺の胸元を見ていたのはそういう事だったのか。
以前勤務していたが7年前に退社して自分で修理屋を始めた,と話すと主は若い頃の勤務先で機材の納入元があんたのとこだったんだよな,と種明かしをしてくれた。
どっから来たんだ,あんた、と尋ねられて答えると主は,「おう、知り合いがいるなあ。○○さんとか××さんとか」といった固有名詞をすらすらと並べた。俺の地元では結構以前に司厨士協会の支部長だったり幹事長だったりしたお歴々で、中には俺が随分お世話になったお客さんもいた。世の中は結構狭い。
主は以前、司厨士協会函館支部の幹事長だった。ご高齢なのでだいぶ以前に退き,現在は顧問を務めていらっしゃるのだそうだ。道理で顔が広いはずだ。
汽車の発車時刻にまではまだだいぶ時間があった。「おう、そうかそうか、まあゆっくりしていけや」とか何とかいわれて食後のコーヒーまで出されて初対面の客がこんなに図々しい真似をしていいものかと思いながら雑談に興じた。
話題は当然ながら業界の裏話ばっかりでやけに盛り上がる。
件のジャンボラーメンは単なるヒットメニューであるばかりでなく,小野正吉氏や村上信夫氏も函館に来るとこのお店に立ち寄っては喰っていったのだそうだ。もっと正しくいうと,主は東京で働いていた頃からその辺筋との人的交流がおありだったらしい。出稼ぎに来た函館で,たまたま夕食のために入った店でそんな話が聞けるとは思わなかったので俺はついつい時間を忘れて主の話に聞き入った。
とどのつまり,主の業界に於ける立ち位置はこういう事が土台であるらしい。「俺ぁ日活(ホテル)の出でなあ、馬場さんの下でやってたんだ」
野暮な説明はしない。ジャンボラーメンはそういう背景の方が考案されたメニューな訳だ。しかしまあ凄い経歴だわいと俺は舌を巻いた。
「バンブラン・ソースとか言ったってよ,分かる奴もいねえしな」主はカラカラと笑い飛ばした。
渋い,この主は渋すぎる。
『戻ったら○○さんに宜しく言っといてくれや』と、快く送り出して頂いたのだが本拠地に本日戻ってきた俺はいずれ何か理由を見つけてまた函館まで来たい気分になっている。
偉大な方が威張る事なくひっそりと味を守ってる感じが本当に渋いですね!人の繋がりって面白いですね。HarryTuttleさんもその輪の中にいるんですね(^^) ジャンボラーメン…想像ですが、あたり鉢みたいな器にムール貝や丸ごとのイカ(函館ぽく)や器からはみ出た蟹の足(北海道ぽく)なんか入ってそうですね(^^ゞ メンマやなるとは入ってなさそう!?
by くるみ (2011-03-11 21:50)
くるみ様,コメント有り難うございます。
ジャンボラーメンは発想の始まりがブイヤベースなのでご想像の通りメンマやなるとは入っていません。同じ意味でスープはフュメ(魚介類)だけで鶏ガラとか豚骨とかいったものは使っていませんしサフランで香り付けがされています。
あと,主が終わりの方で話した『馬場さん』というのは日活ホテルの総料理長で,1964年の東京オリンピックで選手村食堂の総料理長を務めた方です。(帝国ホテル総料理長の村上信夫氏はこのとき馬場久氏を補佐する形で女子の食堂を担当しました)
by HarryTuttle (2011-03-12 16:45)