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ソールボンファム [日記、雑感]

 俺は特段,食通でもグルメでもない。食べ歩きなどという楽しみもない。外で食事をするときには大体決まった数件のローテーションで終わっている。
 但し,こういう職業なので外食の舞台裏は散々見てきた。当事者の方々から裏話も散々聞かされてきた。だから一般の皆様よりは幾らかは外食なる業界の内情には明るいつもりでいる。

 とある得意先のオーナーは俺が20年くらいお世話になり続けており、かねてから一つの約束があった。調理師として何か一品,『これを作らせたら俺の右に出る者はそう滅多にいないぜ!』というメニューに一度ありつかせて頂きたい,というものだ。(勿論払うものは払わせて頂く)
 それが職業人としてのオーナー様を何かしら象徴するようなメニューであったとすれば尚更俺にとっては意味深い。

 オーナー様はソールボンファムと答えた。それには大変な思い入れがあるらしかった。
フランス料理の中では王道中の王道であるらしい。で,昨日その約束は果たされたわけだ。

 レシピは東京會舘のレストラン,プルニエと全く同じ。いまは不明だが正確に言えば東京會舘には紙に書かれたレシピというものは存在しない(という事は全て口伝え)そうなので漠然と『調理法』と言うべきかもしれない。
 違いはというと東京會舘で出されるソールボンファムは必ずドーバーソールしか使わないそうだが今回は諸事情(どんな事情かは不明)によりアカシタビラメという一点のみだ。

 うまいのまずいのといった下司な感想をここでは書かない。勿論盛りつけられたソールボンファムの写真を撮るような品性下劣な行いを俺はしていないのでその画像も掲載できない。ただ一点,ソールボンファムの盛りつけられたそのお皿は一滴のソースも付着していないツルピカの状態で下げられる事になり、俺は柄にもなく大変色々と文学的修辞を思い浮かべていたと言えば十分なはずだ。
 そういう経験はこれで二度目になる。
ただうまかっただとか,ただ腹一杯になっただとか,それだけではない文化だとか人生だとかいった事をしみじみ考えさせられるような局面が、ごく稀にではあるが外食の機会にはあると思っている。昨日はそういう夜だった。
 今になってみてつくづく悔やまれるのは自動車を運転していた関係で酒が飲めなかった事だ。素人ながら、あれは絶対、傍らに極上の白ワインが必要なはずだ。

 下世話な話になってしまうが東京會舘のプルニエではソールボンファムは単品で¥4500也の品目である。当然俺はそれなりの会計を覚悟していたがオーナー様は大変良心的な金額で済ませてくださったので貧乏人の俺としては大変恐れ多い気分になった。一種,職人稼業の心意気みたいなものかもしれないと想像している。

 ソールボンファムはこのお店のメニューには記載されていないので俺は裏メニューにありつかせて頂いた事になる。記載されていない理由は『どうせ理解されないだろうから』との事だった。事実,これまで予約の中でメインデッシュにソールボンファムを入れて欲しいといったリクエストはただの一度もなかったそうだ。そんな料理があるという事さえ知らない人が大半ではないか,と,オーナー様は苦笑いしたのだった。
 食事を終えた後にカウンターを挟んで俺はしばらくオーナーと雑談に興じた。話題は勢い,ネット上に氾濫するバカブログの事になる。店内や料理の写真を撮りまくっては食べ歩き記事を垂れ流すバカどもの所行であるあれらの事だ。
 「まあ,分かってないよね,なあんにも」と、オーナー様は嘲笑まじりに語った。味は結局味であって幾ら鮮明な写真を見せられようが百万の言葉を費やして語ろうが本質が伝わるわけはないのに、という一側面は当然ここに含まれている。が、それだけではない。その一言の背景を一つ一つ抽出するとすればそれこそ百万言どころでは済まないだろう事は俺のこの,出来の悪い頭でも容易に察しがついた。

 実際この雑文も何も分かっていない奴の所産でしかないわけだが、一つ間違いなく言えるのは長い伝統だとか体系だった理屈と研ぎすまされた技巧に裏打ちされたものというのは分野を問わず,人を厳粛な気分にさせる働きがありそうに思う。何も感じないだとか減らず口を叩きたくなるような奴がいたとすればそれは余程根性の曲がった天の邪鬼か,さもなければ元々理解能力や感受性に乏しい輩かのどちらかなんだろうな。
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