北沢産業の新聞報道を巡って雑感

十日付の朝日新聞経済欄に北沢産業に関する記事があった。単年度の赤字決算を盾に筆頭株主であるエフ・シー・エー・コンサルティング（以下FCA）が取締役選任に反対して委任状勧誘を始めたとのことで、要するに乗っ取り活動の宣言である。

　正直言って北沢の財務状況は良好である。現ナマの保有量が凄い。たとえ単年度で赤字計上を数年続けたところでビクともしないだけの体力が実はある。加えて株の持ち合いは広範囲にわたっているのでFCAの目論見は難航が予想される。
　しかしFCAはこの事実から目を逸らして単年度の収支決算だけを話題に勧誘に精を出すだろう。株式の取得率が50%を超えるとは思えないが口車に乗せられてはんこをつく株主はやはり一定量発生すると俺は見ている。

　業務用厨房機器の会社のうち、北沢産業は最も早く株式を公開し、上場した会社である。他にも数社、上場企業はあるが将来的に似たような状況が起こらないとも限らないので今回の動向には注目しておく必要がある。
　これまで、業務用厨房機器の会社などというのは社会的に見てケシ粒程度の存在でしかなかった。これは卑下でも何でもなく事実である。町工場に毛の生えたような同族会社が輸入機械の劣化コピーを作っては安売り合戦を何十年も繰り返し、我慢比べの疲弊状態にあるのが今の姿だと俺は見ている。

　就労環境は劣悪で人材の定着率も良くない厨房屋業界だが、一般社員の立場から見てこうして会社の乗っ取りが始まって何か希望が持てるだろうか。
　今回のFCAについては５年前に創立された投資ファンドがその実態だ。この業界の体質をどれくらいの深度で把握しているのかは未知数だが製造業と言うよりは商事会社的な性格が強い北沢産業を乗っ取ったとして、FCAがその後描いている絵とは果たしてどういうものなのかを想像するのは業界の片隅で生息する俺としてはかなり興味深い。

　バブル崩壊以降の「失われた十年」の間、業界の再編成が噂として囁かれたことはあった。現在はっきりしているのは業績の悪化した日本調理機は創業時の役員は粛正されて現在は銀行の管理下みたいな状況にある一点だけだが水面下ではもっと色々ある。
合併や経営統合の噂はこれから幾つか出てくるだろう。今回の北沢を巡る報道はその前触れだと俺は見ている。

　グローバルスタンダードというのがこんなせせこましい業界にも及んでくるのかと思うとちょっと感慨深い。再編成がそのうちあったとして、望ましい姿があるとすれば製造部門と現場の施工とメンテがそれぞれ切り離されて独立した会社になるべきではないかと俺は考えている。キッチンレイアウトのプランニングと施工管理はコンサルタント会社やサブコンの一事業部が行い、メンテは製造元の別会社や現地の指定業者が行うという姿がもっとも自然だと思う。欧米では既にそのような業務区分で動いており、これがグローバルスタンダードだ。
　営業活動から設備設計、現場施工からメンテまでを中小企業が安給料で若い者をこき使いながら遂行するというのは明らかにもう限界ではないか。末端の社員達は就労環境に疲れ切っている。いっそ会社の経営陣が入れ替われば業態や就労環境も変わってもっと風通しが良くなるのではないかと期待する人がいてもおかしくはない。

　実は北沢産業は俺が以前働いていたことのある会社なんである。在社時に創業者である北沢一郎会長はしばしばこういう事を仰っていた。「いいか、資本金が５億とか１０億程度の会社なんていうのは何かあったら簡単にひっくり返ってしまうんだ」
　業務用厨房機器の大手を名乗る会社はいくつもあるが所詮は総体四千億円の市場規模の中で同業者同士の取った取られたを繰り返す、言ってみればコップの中の嵐でこれまでやってきたに過ぎない。
　投資ファンドというのはたとえて言えば異世界からやってきた魔物みたいな存在だ。こんな連中に目をつけられたらひとたまりもない。俺はこれまで幾つか業界内で転職を繰り返してきたが、厨房屋というのはどこも内部の引き締めにばかり汲々として社員に外の世界、異業種や世間一般のありようなどは見せまいとする傾向はある。そんな中で会長のご発言はいかにも常識人としての分別に則ったものとして尊敬に値する。一体その時、言葉の重みを実感できていた人たちはどれくらい居ただろうか。

　何せ、今後の動向を業界人は注視しておくべきだろう。投機屋に狙われて無傷で返り討ちを食らわすほどの厨房屋など日本には一つもないのだし、滅私奉公会社命状態に洗脳されて不可思議な義務感やら使命感で劣悪な就労環境で馬車馬のように働きまくるマゾ社員達でごった返すこの業界で、その後の成り行きがどうあれ、もしかしたら今回の一件は洗脳を解く一つのきっかけにもなり得るのだ。

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