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某ラーメン店の閉店 [日記、雑感]

 去年の10月にオープンした某ラーメン店が閉店した。

 ある時期まで、俺が設備設計と施工管理を請け負って機材一式を受注した飲食店の得意先には売り上げが足りなくて閉店した事例はなかった。本人の健康上の問題とか妻帯者で他に愛人が出来て逐電したとかいうことはあったが金に困窮して店を閉めることはなかった。そのことは、俺の職業人としての矜持でもあった。
 飲食店の開業はその人にとって一世一代の大勝負である。であるからには成功させよう、成功の見込みが怪しいのならば開業は見送ろう。

 何でもかんでも、誰彼構わず、モノが売れさえすればいいとは俺は思わない。これはきれい事でも何でもない。始める以上、関わった人たちがみんなハッピーにならなければ大勝負を仕掛けた意味はない。長く商売を続けばリピートのビジネスだって発生してくるのだし、大きく成功すれば姉妹店の計画だって浮上してくる。
 そんな幸福なビジネスモデルが途絶えて久しい。以前、会社員だった頃には「私がオープンのお手伝いをして看板を下げた店は過去15年一件もありません!」というのが殺し文句だったのだがここ数年はそうとも言えないのがちょっと情けない。

 弁解めくが色々状況が変わってきたせいもある。
最も決定的なのは客の質が悪化していることだ。掘り下げれば社会の構造が飲食店にとっては不都合な方向にばかり変化していることに問題の根っこがあると俺は考えている。
1:雇用関連の法律が改悪されて製造業への派遣社員制度が合法化されてからワープアが増えた。
2:正社員は減らされた分だけ過重労働となって勤務時間が長くなり、私的な時間が減った。
3:更に正社員は給料据え置き、扶養控除などの税制上の減免措置がなくなって実質収入が減り、可処分所得も減る。
これらによって真っ先に節約の対象となるのが外食である。バブルの時期には千円のランチが当たり前だった人たちが今はクルマの中でコンビニのおにぎりをかじるご時世なのだ。

付け加えれば、飲酒運転の罰則強化によって酒類の売り上げは激減したことも大きい。

 更にメディアだ。皮肉なことに電波媒体や印刷物でグルメ志向を煽れば煽るほど客の質は低下していく。人の性質として、特に貧乏人について言えることだが一軒の店に通い詰める習慣を持ちたがらない。やれラーメンだ、カレーライスだ、オムライスだと特集記事を組んで喧伝する情報雑誌には掲載料何万円かを払った飲食店が何十軒もひしめいている。そのうち本物といえるのは全体の一割あるかないかの世界なのだが読者はあらかた無知蒙昧な奴らばかりなので本物と偽物を見抜くだけの力量がない。
 本当に食べ歩き自慢のバカどもにはうんざり来るのだが、大体の場合きゃつ等の自慢の種というのは通い詰めて気心の知れたとっておきの一軒があるということではなく何軒食べ歩いたかだけでしかない。冷凍食品やレトルトパックが舞台裏ではバンバン使われていることも見抜けずに一端の食通気取りであそこの店はああだ、ここの店はこうだと独りよがりな能書きを垂れるバカどもには掃いて捨てるほど会ってきた。飲食店をダメにした問題の一因は間違いなくこんな連中にある。

 最後に食材。加工品や半加工品を含めて食材の進歩はめざましい。結果としてそれは出来上がった料理の平均化に結びついていく。いつの頃からかまずくてとても食えたものじゃないよ、という飲食店はなくなった。ファミレスのキッチンにいるのはこの道ウン十年の場数を踏んだ調理師ではなくて時給700円くらいの,それこそワープアに近いあんちゃんや姉ちゃんである。そういう連中が袋を暖めて盛りつけるだけのハンバーグランチに880円くらいの値段が付き、しかもそこそこ食えるのだから下積み時代からたたき上げてきた調理師の殆どは形無しである。色々講釈をぶったところで客の殆どはものを知らないし安くて腹一杯になればいいだけの貧乏人どもだから報われない。

イヤな構図だ。

 話を本題に戻そう。
個人営業で言うと、開業してまもなく閉店してしまう飲食店はここ4,5年で急に増えた。厨房屋の観点から言わせて貰うと、開業が簡単に出来るようになったことがその原因の一つだとも考えられる。
 開業資金のうち大部分は店舗設備に投資される。俺の携わる食品設備機器もそのうちの一つだ。これらイニシャルコストの下降がここ数年は激しいのだ。建設業で言えば店舗など手がけたこともないような工務店が目先の売り上げ欲しさにダンピングを仕掛けてくる。俺の生息する業界で言えばカルト宗教の勧誘ノルマに匹敵するとさえ言われているペンギンマークがなりふり構わない押し込み営業でかけずり回る。とどめはバブル崩壊後にだぶついた機材で生まれた中古市場である。

 中古の厨房機器については別のエントリーでしつこく叩くがとにかくトラブルの種であるが、とにかく結果として出来上がる店舗施設は安上がりではあったが運用するにはどこか不都合があったり安定稼動できないものであったりするケースが多い。しかしそれらを手直しするに当たっての追加出資を出来るほどにはオーナーの運転資金がない・・・あとは悪循環が続いて売り上げが下降する一途だ。

 今回閉店したラーメン店は以前喫茶店だった店舗を居抜きで賃借し、改修工事を施したものだった。オーナーは自分の差配でいろんな業者を手配して分離発注。俺はある方のご紹介で冷蔵庫一台を買って頂いた。だから厳密に言えばこの店は俺が全面的にキッチンレイアウトのプロデュースをしていないので「俺が作った」厨房ではない。だがそんな枝葉末節な線引きとは関係なく閉店はやっぱり閉店であって、後味が悪い。
 オーナーはいわば脱サラで、純然たる調理師ではない。しかも何か一つの仕事を長く続けてひとかどの社会人として自己確立した人物には見えなかった。世間の色々な表層を耳学問でつまみ食いしながら馬齢を重ねた事が明白なその言動に俺は不安を持った。こいつは必ず失敗すると踏んで実際そのとおりに事は推移した。
 いけ好かない人物ではあっても何かを買って頂いた以上、客は客だ。オープン以来、何度か客として足を運んだが軌道に乗るとは思えなかった。看板を下ろす時期がいつであるか、それが遅いか早いかの問題でしかなく、ダメさ加減はいつ行っても見直されている様子がうかがえなかった。

 最後にその店に行ったのは今年の3月だったと思う。燃料や食材の高騰ぶりに閉口していた様子で、メニューの値上げに踏み切らざるを得ないといったぼやきが入っていた。今考えればその時点で俺の不安は確信に変わっていったのではないだろうか。
 たまたま今日、昼飯を食おうと思ってそのラーメン店に寄ると中はもぬけの空で閉店したことを改めて知った。中の什器備品は全て撤去されたあとで実に寒々しい風景だった。きっとハイエナみたいな中古屋が群がってきて二束三文で買い叩いていったのだろう。

 経験も資金もない人物が、表層的なグルメブームに助平根性を出して乗っかり、底の浅さを露呈して商売をしくじる、と、ここだけ見れば特段同情の余地もないのだがそれでもやっぱりオーナーが働き盛りでの閉店という出来事は人生のある暗い断面を想起させる。色々な意味で、イヤな時代だ。


 
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