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思い出せない [同級生の再起にまつわる話]

 先月からこっち、俺はとある金にならない現場の施行中である。
金にならないことがはなっからわかりきっていて、なおかつ持ち出しは続き、現場は進行中である。

 儲からない。下手をすれば持ち出しがそのまんま回収できないかもしれない。それでも現場は進む。そういう時間が一つくらいはあってもいい程度に俺のこの稼業にもささやかながら余裕が生まれてきたということか。
 
 何を隠そう、依頼主は俺の同級生だ。
同級生は板前で、かれこれ20年近く前に開業した和食店のオーナーだが、ある事情があってそれまで営業していた店を移転することになった。
 そして奴は、俺ほどではないにせよ金がない。貧乏オヤジ同士が肩寄せ合って新店舗の造作中という訳だ。その辺のいきさつは事情が許せば追々書いていこうと思う。

 友人の現場というのはなかなかはかどらないものだ。何故かというと一服する休憩時間がやたらと多く雑談の時間が無茶苦茶に長いからだ。
 効率は全然良くないがそういうユルユルな調子でもなんとか今のところは食えているのだからまあいいと勝手に納得しているがまるっきり無益な訳でもない。

 俺は先週の日曜日、ある知人とある和食店で晩飯を食った。
特段、凄いことをやっている訳でも有名でもないが結構商売としてはうまくいっているだろうと思われる店だ。何とかセットというメニューを俺とその知人はオーダーした。サラダと茶碗蒸しが付録でついてくる。お値段は¥1850なり。

 サラダといってもキャベツの千切りに毛の生えたようなものだし茶碗蒸しには銀杏ではなくて栗が入っている。何故だか大豆も入っていた。どうでもいいことだが。
 にぎり寿司と天ぷらがあったのだがそれ以外に重箱に入っていた何品かの食い物がどうも思い出せない。二日かそこらで俺はそのとき食べたものの全部を思い出せなくなっていた。
 俺はさほど上等な頭の持ち主ではもちろんないにせよ、人並み程度の記憶力はあったと自覚しているのだがどうにも思い出せない。

 同級生と現場で雑談中に俺はその話をした。俺もそろそろ老境にさしかかったのかと俺は同級生にこぼしたのだった。

 「客も店も、『寿司、天ぷら、茶碗蒸し』和食っていやあそればっかりだ、ケッ!バカが!」
同級生は開口一番そう吐き捨てると、一つためになる話を俺に授けてくれたのだった。それは大体、こんな内容だったように覚えている。

  食べたものが記憶に残っているという事は良くも悪くも強い印象を受けたのであって、美味い不味いのもの差しで言えば余程美味かったかその逆かのいずれかだ。
 直近に食べたものを思い出せないということは強い印象は受けなかったという事だ。言い換えるとそれは大して特徴のない食い物だったのだ。どうでもいい食い物だったのだ。それは決して記憶力の減退とは言い切れないところがある。おまえ(ここでは俺)はにぎり寿司と天ぷらは覚えているがそれではそのタネは何だったか,一つ残らず思い出せるか?

 俺は全部を思い出せなかった。
そうだろうよ,と,彼は肩をそびやかした。
 そういう店っていうのは万事につけてそんなもんだ。俺には大体想像がつくぜ。どんな食材を使ってるのか,どんなやり方で調理しているのか,中の調理師がどんな仕事を身につけているのか。あんまり内幕をばらすような事は言わないでおくけどな。

 その男の現場を撤収しながらどこかで晩飯を喰うかという話になった時,同級生は片付けをしながらその,話題であった店はよそうぜと言い出し、俺もそれには同意した。格別不味かったとか店の雰囲気が良くなかったというわけではないのだが何となく行く気にはなれなかった。
 うまく言い表す事はできないが,業種の如何を問わず,客に何の印象も与えない店というのはある意味悪印象を与える店以上にナントモな存在ではないかと思い始めている。
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くるみ

とても参考になる、勉強になる、目からウロコのお話でした。確かに美味いか不味いかですね!?以前テレビで日本一マズいラーメン屋さんが取り上げられていて不思議に思いましたが それもひとつの個性なのでしょう┐('~`;)┌『外食』とゆうも物はやはり特別な物…美味しく心に残る印象でなければダメですよね。勉強します。

by くるみ (2011-11-10 22:20) 

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