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荒ぶる父さん [困った客]

 その得意先がどこだとか,その人物が誰とは書かないことにする。

 仕事仲間からの施行現場から離れられないところに修理の依頼が来て手が回らないのでピンチヒッターのSOSがあってその店舗に初めて訪問したのが先週末のことだ。
富士電機製の冷凍ショーケースが冷えないとのことで,聞き取りの結果ではコンプレッサーが過電流で保護停止しているようだと聞いた俺がその飲食店に到着したのが午後1時頃のこと。

 現場に到着し,車から降りるなり店舗の奥からは物凄くドスの利いた胴間声が響く。
「こらーっ!何で今頃来やがるんだこのバカ野郎が!ウチは2時で帰るんだぞっ!」憤然とした様子で奥から出てきたのは俺より5歳くらいは年上に見える体格のいいオヤジだった。

 頭はてかてかのリーゼント、ハーフスモークのサングラスをかけ、ひげ面、甚平姿のこのオヤジの風貌は何ともベタで、どう見ても普通の人ではない。
 普通でないのは風貌よりもその言動であることを俺はそのすぐ後に知ることになる。

 故障した冷凍ショーケースから食材を出して他に移し替えるのに、その人物の奥さんと思われる方があれこれと立ち働く。それで件のオヤジはというと移し替えの手伝いをするでもなくまるで使役場の看守みたいに物凄いどら声でただがなり立てる。
 こういう手合いの口調によくあるパターンとして、言葉の合間合間に次のような決まり文句が挿入される。
この野郎!

てめえ!

バカ野郎!

 奥さんの行動に機敏さが感じられないことがオヤジにとっては実に腹立たしいらしい。(喚き散らしてないでおまえも手伝えよ、バカオヤジが)と俺は何だか居心地の良くない気分で仕事を続けた。

 奥さんは無言で黙々と立ち働く。
その冷凍ショーケースの故障内容は電磁接触器の接点がいかれてコンプレッサーが単相運転するためか電流保護の停止がかかるというもので,補修パーツが手元にないので後日再訪問となったわけだが、帰る道すがら俺はつくづく運命は結構巧く出来ているものではないかと妙に感心した。
 あの,DV一歩手前みたいな荒々しいオヤジにはちゃんと忍耐強い嫁さんが当たるように出来ているものなのだな。

 それで二回目,補修パーツが届いてから二回目の訪問の際にはこのオヤジの荒ぶるエネルギーは奥さんではなく俺の方に向いて来ることになる。

 電磁接触器の交換自体は格段難しいものではないが,後述するある悪臭に俺は大変閉口した。
そして作業が終わり,試運転が済み,撤収に取りかかっているところに外出から戻ってきた主であるとこののオヤジ殿がご帰還なさった。
 主はハーフスモークのサングラス越しに俺を睨みつけると交換したパーツを見せろと仰る。
傍らに置いてあった電磁接触器を渡すと主は怒髪天をつく勢いで喚く。
「何だこれは!何でこんなもんが三万円もするんだ!ふざけるなよこの野郎!」


 オヤジ殿の台詞を色つきの大きな文字でわざわざ書くのはこの男のどら声の凄まじさを少しでもわかりやすい形で伝えたいと俺は考えるからだ。
 
 俺は主に自分は仕事仲間に依頼されてお伺いしているだけなので請求金額については関知していない旨を伝えるとオヤジはむっとして黙り込み,俺を押しのけて修理の済んだ冷凍ショーケースの中を覗き込むとまた難癖を付け始めた。
 庫内が汚いとオヤジは抜かす。さすがに俺もカチンと来たので別に自分が汚したわけではないと返すとオヤジは修理に来たのなら庫内の清掃くらいしていくのが当たり前だ!と怒鳴りちらした。
「修理するだけなら誰だって出来るわ!」

 そんならおまえが自分でやれよ,と言いたくなりかけていたところに庫内に頭を突っ込んで鼻を蠢かせていた主は俺の方を向いて畳み掛けてきた。
「何だっ!この臭いは!何でこんな変な臭いがするんだっ!おまえ!この野郎!おまえウチの冷凍庫に何やったんだこの野郎!」
 俺はだまって冷凍庫のある場所を指差し,オヤジは憤然としながらそこを覗き込んだ直後,それ迄聞いた中で一番でかいわめき声を張り上げて尻餅をついた。

「何だこれは!!!!」 

 それを画像として収める気にはなれないものが機械室の冷凍機周辺にはごっそりあった。
それはネズミの死骸である。一匹くらいならこれ迄随分見続けてきたので格段驚きもしないのだが,集団自殺よろしく隙間の至る所にハツカネズミの死骸がひしめいている。悪臭の原因はこれらネズミ共の死臭で,庫内の臭いにも幾らかは関係しているのではないのか。

 尻餅をついたオヤジは憮然として立ち上がるとバツが悪そうにこれはあんたのせいじゃねえよな、とぼやき,こうして頭ごなしに怒鳴りちらすから俺は嫌われるんだろうな,と苦笑した。
 まあ確かにこんな高圧的なオヤジは好かれはしないだろうなと俺も思うわ。しかしおっさんよ,俺は別に嫌いではないぞ,あんたのような単細胞な奴が。良くも悪くもわかりやすい奴だが、腹に一物持った奴よりは接していて疲れないのは間違いない。
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コメント 5

007

確かに!、”いきなり怒鳴る高圧的人物”いますね、、、
”外面はニコニコで後ろから鉄砲撃つ奴”よりも安全?です、、、。

夏場の飲食系の修理は大変ですよね!!・・・昔ビールサーバーが冷えない件で思い出しました、H崎のサービスマン時代、、、庫内サーモが不調なんですが、夜間の留守電には女将さんの「てめえ!ばかやろ!早く来い!、、、」とのお言葉、怒りに男女差は無いんだ、とその時妙に感心しましたけど、。
by 007 (2015-08-27 15:12) 

くるみ

そんな漫画のキャラクターの実写版みたいな人が本当にいるんですね(>_<)。ネズミ、凄いですね!?!?。外国に増えすぎたら集団で川に入水自殺して個数を調節するげっ歯類がいると図鑑で見た記憶がありすが。ネズミは沈没する船から逃げると言いますから、彼らがそこで一生を終えたとゆうのは…そのお店は安泰ですね(^-^;(笑)。飲食店でしょうか?お客様への態度が興味深いです。
by くるみ (2015-08-28 01:29) 

HarryTuttle

007様,ご無沙汰しています。
私もその会社で働いていた頃は朝,出勤してからの留守番電話のチェックでそういう威勢のいい録音に出くわすことが何度かありましたねえ。
 人によって色々ですが怒鳴りちらすとある種カタルシスを憶える人はいるようでおっかなびっくり訪問すると意外におとなしい人だったりすることもありました。
 今回のおっさんについていうと全くこうではなくて本質的に,コアの部分から荒ぶる父さんでした。
by HarryTuttle (2015-09-01 09:44) 

HarryTuttle

くるみ様,ご無沙汰です。
年齢を重ねるにつれて段々ややこしい人格と接することが増えてきたのでこういう,良くも悪くも明快な人物に新鮮味を感じたりもするわけです。

ネズミは凄かったですよ。1台の冷凍庫の中であれだけ沢山くたばっているのだとすれば店舗内には一体どれくらい住み着いているのかと考えるとあまりいい気分ではありません。
by HarryTuttle (2015-09-01 09:55) 

元厨房関係者

お初お目にかかります。
とにかく機器が壊れたら「何が何でも早く修理しろ!」という人は後を絶ちませんね。夜の8時くらいに電話かかって来て、遅くなってもいいから今日中に直せと一点張りの人もよくいました。

修理したあとの汚れを指摘された件ですが、これは9割5分清掃が行き届いてない現場が多数ですね。まあ厨房ってのは絶対使っていくうちに汚れていくもので衛生状態を保つというのはかなり難しいことなのですが店側も努力して欲しいですよね。 機器の入れ替えや点検で動かすと動物の死骸が多数ってのはよく見ました。店の人も大抵料理さえ提供できればいいと考えているでしょうから、衛生管理に気を配らないと思います。
特に中国人や台湾人経営者の個人店は酷いもでした。
by 元厨房関係者 (2015-11-21 20:09) 

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