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何のための自動化か [修理屋から見た厨房機材]

 今から20数年程前,日経レストランという雑誌に当時の北沢産業の山田社長のインタビュー記事が掲載され,
そのタイトルは「日本の厨房機器は世界では通用しない」という中々ショッキングなものだった。当時はまだまだバブル景気の恩恵があり,技術立国日本が世界中を席巻していた(かに見える)時期で,俺のような業界の末端で菜っ葉服を着て労務に従事している者にとっては何の事なんだか見当がつかなかった。

 自動車も,電気製品も、日本製は世界中を制覇した優れものであり,業務用の厨房機材だって同じではないのかと確たる根拠もなく漠然と思い込んでいたわけだ。
 しかし仕事の上で徐々に輸入機械と接するようになってから俺の認識は変わり始めた。山田社長の人物評はさておき,その見識は正しかったと今は思う。

 ある時期からの厨房というのは既に専門知識を要する独立した機械設備であって,一般的な工事区分でいうところの衛生設備という捉え方からは既に収まりきらないと俺は考えている。
 設備の進化,という風にここ30年くらいの変わりようを振り返ってみた場合,大きく言えばそれは自動化の歴史と見える。食器洗浄機は既に特別な機材ではないし,ボイラータンクを内蔵したややこしいコーヒーマシンもあちこちで目にする。手作業や職人の勘と経験を数値化する,自動化する,そういう流れがまだ続いている。

 俺自身は調理師ではないが,その現場に関わる者としてこの30年くらいを思い返してみると確実に労務は簡素化され,短時間化されている。従事者の専門性は否定され続ける歴史と言えるかもしれない。
 機材が自動化される事で業務が省力化され,専門性は要求されなくなる。その革新は常に海外からもたらされてきた。輸入機械がまず紹介され,一部の金満ユーザーが人柱となってその使用感を伝え,国内の厨房機材メーカーは輸入機械を一台買い込んで分解し,コピーモデルを作り,自社開発とか何とかてきとうな事を謳い文句に売り捌く。
 炊飯器のような機材を除けば日本製の厨房機材は常に海外製の後塵を拝し続けており,この先追いつく見込みは全くない。以前からそうだったしこれからはますますそうなる。それが顕著になったのは俺の場合,スチームコンベクションオーブンを通して実感した。
 ラショナル現行品の一つ前のモデル,SCCで導入された自動調理機能(Self Cooking Center)は当時,業界を驚倒させた。タッチスクリーンのグラフィカルな操作パネルは長い経歴を持つ調理師をして「まるでマンガみたいだ」としらけさせた。調理師学校の講師を務める某シェフは雑談の最中にジョグダイヤルを回してタッチスクリーンに触れる仕草をしながら「Cooking(調理) じゃなくてOperation(操作)だよね」と苦笑いしていたのを良く覚えている。

 インターフェイスパネルのマンガ化は更に進み,今ではスケール除去のための洗浄作業さえセミオート化している。自動化はまだまだ進むのだ。
関連記事:スチームコンベクションの講習を終えて
記事URL:http://tuttle.blog.so-net.ne.jp/2011-11-25



 前回記事で書きそびれた事をここで補足しておきたい。
講習初日の夜,各地から集まってきたサービスマンの懇親会というか,まあ宴会があった。そこには講師を務めたドイツ本国からのテクニカルアドバイザー(日本人だが)も参加しており,俺は彼としばらく話し込む機会を得たのでかねがね考えていた疑問を投げかけてみた。それは大意として以下のようなものだ。

 欧州製の食品機材はコンピューター化の進み方が著しく,自分のような古い修理屋をしばしば当惑させる。 その方向性とは自動化と多機能化,加えて文字表示を排してアイコンによる記号化を進めるものであるように見える。
 この傾向は1990年以降特に著しいように思えるのだがそこにはやはり冷戦の終結という時代背景があるように思う。
 思うに,調理という業務は今も昔も,どこの国や地域にあっても職種としては底辺層の労働であり,例えば移民の就労場所の典型である。冷戦終結後はそれまでの中東やアフリカ以外から東欧からの移民も流入してきたせいで言語による情報伝達に齟齬を来す場面がますます増えた。それで言葉の通じない調理師がより直感的に業務をこなす事を企図して機材のインターフェイスはよりグラフィカルなものに変わってきているのではなかろうか。

 彼は全くその通りだと答えた。
 ヨーロッパという土地は元々言語によって国境が区切られてきた歴史があるので地続きで他の国に移動する場合,言葉による不便が起こらないよう調理に限らず色々な表示が文字ではなく絵で、という進み方をしている。ラショナルのオーブンはある時期までは表示パネルの多言語化に随分力を入れて来たがそれにも限度はあり,ハードウェアの低価格化が進んできたのであるときからアイコンによる表示に踏み切った。との説明だった。
 言語による障壁を解消するために進められる自動化や多機能化は同時に未熟な低賃金労働者にある一定以下にはならない調理の結果をもたらすためにも活用されるわけで,結果として我々の身近では所謂ブラック企業と呼ばれる外食産業に於いては調理イコールダイヤルを回してタッチキーに触る事のようになりつつある,というか一部では既にそうなっている。
 全くの素人が働き始めて一週間かそこらで一端のメニューをこなせるようになる外食店舗は物凄く増えた。そういう就労場所での調理師は既にCraftman(職人)ではなくWorker(労務者)と見るべきだろう。知識も経験も要らず,ただ単にマニュアルに書かれた操作方法を丸暗記して繰り返すだけの仕事であり、付加価値も何もあったものではない。

 料理が『作品』であるような調理師は元々そう多いわけではない。それは本当にごく限られた一握り以下の人達の世界である。商業店舗に於いてはそれは『商品』となるわけだが、こうした機器類の自動化によって調理業務従事者の低賃金化が押し進められてくると最早『製品』と呼ぶのが似つかわしいように思う。誰がやろうがおんなじ結果が出るのだから。

 勿論そんな職場が人間的でなどあるわけはなく,時給幾らでこき使われるWorker(労務者)達がどこかの段階で怒りを爆発させるのも人間性の発露としてわからなくはない。
 すき家のバイト達が示し合わせて集団で退社して一時閉店の店舗が続出したり,ワタミが60店舗位を閉店させたりという流れは同じ底辺層で棲息する俺のような者にとっては一種,溜飲の下がる出来事だが経営者というのは大概したたかな生き物だ。いずれは海を越えて大量の移民を日本国政府は受け入れ,飲食業のバックヤードは外国人だらけ,ホールサービスも音声認識可能なオーダーエントリーシステムの端末を外国人スタッフが差し出して「コレニ,チュウモン,オネガイシマス」と丸暗記した片言の日本語で客に話しかける状況がそのうち常態化していきそうに思っている。それとも券売機によるオーダーとセルフサービスのほうが手っ取り早いかw
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007

以前の職場で厨房にスチコンが導入されてから、かなり環境が変化しました、、、
ある和の板前は「ここは板場では無い!」と嘆いてました、、、

小生が設備管理を推進していた時は高給な調理人が羨ましく、・人生やり直せるならオレも和の調理人に成りたいな、・と思うほどに、。

今は、現状に納得してます・・・確かに施工価格面は厳しく、時間給にすればサラリーマンより落ち、保障も無く、柵外で生きる孤独はありますが、”自由”という”宝”が有ります!・・・故に頑張れるのかな、と思慮しています、、、これから難しい時代になりますね。
by 007 (2014-04-05 05:27) 

49C

厨房機器の修理を担当する側の意見を述べさせてもらうと、小型化=基板に行き着くと思います。オムロンのリレーや、三菱電機のタイムスイッチ、富士工機のサーモなどスペースをとるものが機器から消え、スタイリッシュな小型化軽量化されたものほど実は故障時は面倒臭い事が発生しますよね?

こんなことは考えたくないけど、20年前だったらまだ手持ちのものでどうにでも対処できたのに今は部品が到着する迄、客を待たせている。しかも客のモンスター化もありこれも時代か?って、やりきれなくなりますよね?

by 49C (2014-04-05 22:57) 

くるみ

確かに現場で働く者にとっては疑問があります。効率を考えればいいのでしょうが 作品じゃなく商品となりますねm(__)m。 考えたら当たり前に使ってる炊飯器も、もとは羽釜で竹を吹いて炊いてたご飯ですよね。美味しいんでしょうね(^-^) 調理師含め 色んな職人さんが いらなくなるようで寂しいですね(;_;)。
by くるみ (2014-04-05 23:45) 

HarryTuttle

007様,いつもコメント有り難うございます。
 接地抵抗や絶縁を勝手に測ってくれる装置だとか燃焼器具の修理をするロボットなどというものが現れたら我々の商売もやばい局面を迎えるのではないかと心配ですが幸い,今のところそういう話は聞きませんからひとまず安心ではありますね。
by HarryTuttle (2014-04-09 08:51) 

HarryTuttle

49C様,コメント有り難うございます。
 このブログで私は繰り返し,『利便性とリスクは等価である』と述べ続けています。
 そして私のいるこの業界では常に修理経験のない営業サイドが後のリスクを配慮する事もなしにとにかく利便性の事だけを前面に出して売込みを図る。「そんなこと言い出したら何も売れなくなっちゃうじゃないか!」というのが決まり文句です。

 無闇な高機能化も考えものですね。使う事もない機能を満載したカスタムボードの実装は修理屋の腕前の差が現れにくく,スキルレベルの平均値を確実に落としていると思います。
by HarryTuttle (2014-04-09 09:03) 

HarryTuttle

くるみ様,いつもコメント有り難うございます。
『美味しいものを,より安く,より多くの人達に提供したい』という志を私は素直に立派だと思いますが,提供される側に感謝の念がない。その傾向は食事に限らず身の回りのあらゆる事に広がっており,厚かましい要求がどんどんエスカレートする一方である状況に私などは迎合するにも限度があるぜ,と開き直る場面が段々増えてきました。
by HarryTuttle (2014-04-09 10:20) 

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