33年目のプレハブ冷凍庫に何が起きるか [含蓄まがいの無用な知識]
考えてみると、俺が担当する修繕というのはどれもこれもとうの昔に耐用年数を過ぎた廃物みたいな物体ばかりである事に最近やけに意識的になってきている。
勤め人をしていて営業職も兼務していた頃だったらまず間違いなくリプレースを薦めていたような個体が俺の周辺には随分多い。同業者の鼻つまみ者である野良犬自営業に当たる仕事というのはそういうものだ、と割り切るしかない。俺も喰って行かねばならんので。
某総合病院は築33年になり、およそ五年後には移転新築の計画がある。
俺はかれこれ20年以上その得意先のご厄介になり続けてきたわけだが、これにてお役御免だろう。新しい施設は全ての機材を新調するだろうから俺のような者にはもう用などないはずで、ある種の開放感と同時に寂しさを覚える状況ではある。
とは言え、これから先五年程度はグダグダの機材をサポートして行かなければならないわけで、それが生業ではあるが色々と頭の痛い事も多い。
33年前に竣工した時には某総合病院は色々と先進的なオペレーションを取り入れた給食施設であり、現地では結構話題になったのだがそのうちの一つにウォークインタイプの保冷庫があった。俗にいうプレハブ冷凍庫とか冷蔵庫がそれで、当時の設備設計の考え方としてはストレージ(貯蔵、この場合は食品庫)は現在に比べると大して容積を求められる事がなかった。
その理由としては、今日ほどチルドや冷凍食品が多様でなく、調味料や半加工食品の種類も少なかったからだ。扱う食材の割合は生鮮品が現在に比べて高く、当日入荷して当日中に調理を済ませるのが一般的な行程だった。
翻って現在の設計は、ピーリングや切截といった下処理に割く面積を削減してその分ストレージを増やすのがゾーニングの方向性である。
話題が横にそれたので話を元に戻す。
建築施工と同時進行でこしらえる保冷庫というのは矩体に合わせて造作し、庫内は床面と同一とする事が多い。具体的には冷凍庫の場合、組み立て予定場所はスラブを予め250から300mmくらい下げた造作とするように建築設計側と打ち合わせを済ませておく。パネル組み立ての際には、
(1)50mm程度のスキッド(下枠)を組む。
(2)その上に冷凍庫の床パネル(一般に100mm)を組む。
(3)残りの段差分、例えば床仕上がりから100mm程度の段差にシンダーコンクリートを打設する。
これで保冷庫の床面と他の箇所との高さは揃い、俗に言うバリアフリーの状態となるわけだがその一方で、こういう造作は保冷パネルの解体撤去がほぼ不可能となる。壁パネルまで土間に埋まっているのだからもうどうしようもなく、病院のように365日三食必ず業務が行われる使用者の現場に於いては建物の解体までとにかく使い続けなければならない。
そんな状況が33年続くというのはどういう事か。
件の総合病院に造作された冷凍庫のドアである。
日がな一日、ひっきりなしに開閉動作を繰り返す事で当然ヒンジが減る。バリアフリーの造作に於いてはドアの下端と床との隙間ができるので、ここにゴムパッキンをつけて庫内に外気が入らないように遮蔽するのだが、ヒンジが摩耗するとドア全体がずり下がるのでパッキンを取り付けるどころかドアパネルの下端自体が床とこすれるようになる。
ヒンジがどのくらい減っているのかというと下の画像くらいというと諸兄にはイメージが湧くだろうか。
上下に分割されたヒンジにマイナスドライバーを突っ込んで1cmくらい上方向にこじって初めてドアパネルが床をこすらなくなった。
今年はじめのことになるが,この保冷庫はドアヒンジの軸が腐蝕して折れ,ドアが倒れてくる事故があった。幸わい調理員が近くにいなかったのでけが人は出なかったが,本当に危ないところだった。
それなら破損したヒンジを交換すれば良いではないか,と,言葉で表すのは簡単だが現実としては色々と障害が出て来る。
そもそも,ドアヒンジを固定しているビスが錆び付いていて回らない。錆びたビスの扱いは修理屋の本分だがトラスねじや鍋ビスならいざ知らず,皿頭のビスは始末が悪い。取り付け面と面一なので削りようがない。
ならばいっそのこと,ヒンジ自体を削り取ってしまい,別の場所に新しいヒンジを取付ければいいではないかとこの依頼を受けた俺は考えた。
ああしかし、腹立たしいことにドアのヒンジ取り付け面には画像で示したヒンジの取付け箇所以外には新しく取付けたヒンジを固定するために雌ねじを立てるための下地材が入っていないのだ。要するにドアパネルの薄っぺらい外装板があるだけでここにはビスが効かない,ということは取付けようがない。
大枠での解決策としては、いっそのことドア自体を新しく製作して取付ける。しかしこれを試算したところ、使用者である某総合病院はその金額を見て即座に却下した。あと5年しか使用しないものにそこまで費用をかけて修繕は出来ないからおまえ(俺だ)が何か考えろとのたまう。
何といっても頭が痛いのはこの保冷パネルの製造元である昭和アルミという会社はもう20年くらい前に消滅してることだ。悪いものでこの保冷庫に取付けられているドアハンドルやヒンジといった金物は全てメーカー純正のカスタムパーツであって,タキゲンのような汎用パーツメーカーの製品でそっくり代替出来るものがない。
ずれたドアは当然気密が悪く,冷凍庫の中は外部から流入した空気のせいで霜だらけだ。33年も稼働し続けるとパネルの断熱性も著しく低下する。内部のウレタンは空気中の水分を吸い取り続けて飽和状態になっており,ウレタン断熱などとうの昔に無効化されていて現在は氷の壁によって断熱されていると言った方が正しい。
画像は壁パネルと天井パネルの合わせ目である。でっかい氷の塊が形成されているのが歴然で,33年も稼働し続けるというのはこういうことだ。
全くもってババ抜きみたいな話で,こんな物体を何とかしなければならないのは大変気が重い。もういい加減に見切りを付けて放置してしまい,新しく業務用の冷凍庫でも買い込んで代替すればいいのに,と思うがそんな投資を期待できるわけもなく,いつものように俺は袋小路に追いつめられて猿知恵を捻り出さなければならなくなる。(この項続く)
勤め人をしていて営業職も兼務していた頃だったらまず間違いなくリプレースを薦めていたような個体が俺の周辺には随分多い。同業者の鼻つまみ者である野良犬自営業に当たる仕事というのはそういうものだ、と割り切るしかない。俺も喰って行かねばならんので。
某総合病院は築33年になり、およそ五年後には移転新築の計画がある。
俺はかれこれ20年以上その得意先のご厄介になり続けてきたわけだが、これにてお役御免だろう。新しい施設は全ての機材を新調するだろうから俺のような者にはもう用などないはずで、ある種の開放感と同時に寂しさを覚える状況ではある。
とは言え、これから先五年程度はグダグダの機材をサポートして行かなければならないわけで、それが生業ではあるが色々と頭の痛い事も多い。
33年前に竣工した時には某総合病院は色々と先進的なオペレーションを取り入れた給食施設であり、現地では結構話題になったのだがそのうちの一つにウォークインタイプの保冷庫があった。俗にいうプレハブ冷凍庫とか冷蔵庫がそれで、当時の設備設計の考え方としてはストレージ(貯蔵、この場合は食品庫)は現在に比べると大して容積を求められる事がなかった。
その理由としては、今日ほどチルドや冷凍食品が多様でなく、調味料や半加工食品の種類も少なかったからだ。扱う食材の割合は生鮮品が現在に比べて高く、当日入荷して当日中に調理を済ませるのが一般的な行程だった。
翻って現在の設計は、ピーリングや切截といった下処理に割く面積を削減してその分ストレージを増やすのがゾーニングの方向性である。
話題が横にそれたので話を元に戻す。
建築施工と同時進行でこしらえる保冷庫というのは矩体に合わせて造作し、庫内は床面と同一とする事が多い。具体的には冷凍庫の場合、組み立て予定場所はスラブを予め250から300mmくらい下げた造作とするように建築設計側と打ち合わせを済ませておく。パネル組み立ての際には、
(1)50mm程度のスキッド(下枠)を組む。
(2)その上に冷凍庫の床パネル(一般に100mm)を組む。
(3)残りの段差分、例えば床仕上がりから100mm程度の段差にシンダーコンクリートを打設する。
これで保冷庫の床面と他の箇所との高さは揃い、俗に言うバリアフリーの状態となるわけだがその一方で、こういう造作は保冷パネルの解体撤去がほぼ不可能となる。壁パネルまで土間に埋まっているのだからもうどうしようもなく、病院のように365日三食必ず業務が行われる使用者の現場に於いては建物の解体までとにかく使い続けなければならない。
そんな状況が33年続くというのはどういう事か。
件の総合病院に造作された冷凍庫のドアである。
日がな一日、ひっきりなしに開閉動作を繰り返す事で当然ヒンジが減る。バリアフリーの造作に於いてはドアの下端と床との隙間ができるので、ここにゴムパッキンをつけて庫内に外気が入らないように遮蔽するのだが、ヒンジが摩耗するとドア全体がずり下がるのでパッキンを取り付けるどころかドアパネルの下端自体が床とこすれるようになる。
ヒンジがどのくらい減っているのかというと下の画像くらいというと諸兄にはイメージが湧くだろうか。
上下に分割されたヒンジにマイナスドライバーを突っ込んで1cmくらい上方向にこじって初めてドアパネルが床をこすらなくなった。
今年はじめのことになるが,この保冷庫はドアヒンジの軸が腐蝕して折れ,ドアが倒れてくる事故があった。幸わい調理員が近くにいなかったのでけが人は出なかったが,本当に危ないところだった。
それなら破損したヒンジを交換すれば良いではないか,と,言葉で表すのは簡単だが現実としては色々と障害が出て来る。
そもそも,ドアヒンジを固定しているビスが錆び付いていて回らない。錆びたビスの扱いは修理屋の本分だがトラスねじや鍋ビスならいざ知らず,皿頭のビスは始末が悪い。取り付け面と面一なので削りようがない。
ならばいっそのこと,ヒンジ自体を削り取ってしまい,別の場所に新しいヒンジを取付ければいいではないかとこの依頼を受けた俺は考えた。
ああしかし、腹立たしいことにドアのヒンジ取り付け面には画像で示したヒンジの取付け箇所以外には新しく取付けたヒンジを固定するために雌ねじを立てるための下地材が入っていないのだ。要するにドアパネルの薄っぺらい外装板があるだけでここにはビスが効かない,ということは取付けようがない。
大枠での解決策としては、いっそのことドア自体を新しく製作して取付ける。しかしこれを試算したところ、使用者である某総合病院はその金額を見て即座に却下した。あと5年しか使用しないものにそこまで費用をかけて修繕は出来ないからおまえ(俺だ)が何か考えろとのたまう。
何といっても頭が痛いのはこの保冷パネルの製造元である昭和アルミという会社はもう20年くらい前に消滅してることだ。悪いものでこの保冷庫に取付けられているドアハンドルやヒンジといった金物は全てメーカー純正のカスタムパーツであって,タキゲンのような汎用パーツメーカーの製品でそっくり代替出来るものがない。
ずれたドアは当然気密が悪く,冷凍庫の中は外部から流入した空気のせいで霜だらけだ。33年も稼働し続けるとパネルの断熱性も著しく低下する。内部のウレタンは空気中の水分を吸い取り続けて飽和状態になっており,ウレタン断熱などとうの昔に無効化されていて現在は氷の壁によって断熱されていると言った方が正しい。
画像は壁パネルと天井パネルの合わせ目である。でっかい氷の塊が形成されているのが歴然で,33年も稼働し続けるというのはこういうことだ。
全くもってババ抜きみたいな話で,こんな物体を何とかしなければならないのは大変気が重い。もういい加減に見切りを付けて放置してしまい,新しく業務用の冷凍庫でも買い込んで代替すればいいのに,と思うがそんな投資を期待できるわけもなく,いつものように俺は袋小路に追いつめられて猿知恵を捻り出さなければならなくなる。(この項続く)
大変なお仕事ですが、とても期待され頼りにされているのですね(^o^ゞ。でも物事には物理的に、魔法使いでなければ不可能な事もありそうです。私も食べれない、食材では無いもので美味い飯を作れ!と言われても(+_+)…。でもHarry Tuttleさんなら小さな糸口から 出来るように思います(^-^)b。修理出来たとなると稼働38年にもなる予定になりますね…。定年後の臨時職員さんみたいですね。
by くるみ (2013-10-06 06:38)
たまたま冷凍庫のパッキンに関して調べていたら見つけました。
文章自体が面白い(笑)
実家の古い冷凍庫がここまででは無いけれど酷い状態でして。
ちなみにこの記事の続きってどこにあります?
どうなったのか知りたいです。
by まる (2015-02-14 22:24)
まる様,はじめまして。
実はこの記事の続きはまだ書いておりません。
但し,修理の作業自体は一区切りつけました。
画像が残っているようであれは記事の方にも区切りを付ける意味で続編を書いておこうと思います。
by HarryTuttle (2015-02-18 14:56)