溶接工の最盛期 [お仕事上のぼやき]
先日行った某総合病院でのスープケトルの修理について書く。
スープケトルというのはとどのつまり蒸気の回転釜で,下の画像のような格好をしている。
不具合の状況はスチームジャケットの溶接部分にクラック(亀裂)が生じており蒸気が漏れるというものだ。
過去に於いてはクラックが全周に及び,ある日突然使用中に突然釜が飛んで前に立っていた調理員を直撃して重傷を負った事例も一件ならずある。
表面に現れているクラックは数センチであっても内部ではその数倍の長さにわたっていることが俺のこれまでの経験則であり,先に書いた『ある日突然使用中に』というのは溶接箇所の内部,肉眼で外がわからは見えない場所でひび割れが成長し続けて行く性質を指している。
そういう事象なので,使用現場に於いてはスチームジャケットからの蒸気漏れは微小なピンホールであってもその解決は喫緊を要する。
こういうことは出回っている個体の中でもそう多くは起こらないものであり、あったとしても既に減価償却期間を終えてからの発生であることが大多数なので殆どの場合は発見された年度内にリプレーズの予算要求をあげ、ほぼ必ずと言っていいほど決裁が下りる。幾ら日陰者の給食分野とは言っても人命に関わる事故のリスクはやはりきちんとヘッジしてもらえるということだ。
しかし世の中,そんなに物わかりのいい事務屋さんばっかりではないのだ。そして何故か俺にはとんでもなくごうつくばりな得意先があたる。
その方々のご希望とは,クラックの入った箇所を溶接して再び使えるようにしてもらえないかというものだ。一言に溶接とは言うがその難易度はピンからキリまである。そしてスチームジャケットの溶接は厨房屋の業務範囲のうちではかなり難しい部類に入る。
最大の問題は,加熱による膨張と収縮を繰り返す箇所なので金属疲労の度合いが激しく,溶接の直後にひび割れが起こり易いことだ。
更に言うと,病院給食というのは年間365日3食ひっきりなしに使用するので機材を一旦引き上げて念入りに整備することが出来ない。溶接箇所にクラックが生じて補修しなければならないとなると溶接機を現場に持ち込む出張修理を余儀なくされ、条件は大変厳しいものになる。
作業時間の制限という問題もある。夕食の配食は午後5時からであり,それまでの間は当然ながら使用時間なので手をかけられない。また,病院のボイラーというのは大体午後8時に送汽を停止するのでそれ以降の時間になると通汽して試運転確認が出来なくなる。ボイラーマンを拝み倒して運転を続けてもらえなくもないが後々面倒なことが多い。
俺の知る限り,厨房屋でこういう作業を自前で出来る人を知らない。ほぼ確実に外注となる。
整理する。
*ステンレス製の圧力容器
*加熱されて膨張と収縮を繰り返す
*出張修理
*作業時間は午後5時からの3時間以内で試運転を含めて完了
修繕費が幾らかかるか以前に,そもそもこういう条件で修繕してくれる職人さんを捜すことが難しい。
一朝一夕ではこのレベルに達しない。俺は勤め人の頃から通算してある鍛冶屋さんと20年以上取引があり,某総合病院での溶接補修が必要な場合は都度,溶接工を派遣してもらうのだが圧力容器の溶接に関しては決まって年齢は確実に50歳を過ぎた年配の方が現れる。
これを言い換えると、上に示したような条件をクリアできる腕前の溶接工となるためには30年くらいの実務経験が必要になってくるということだ。
しかも、このレベルがどれくらいの期間続くのかというと案外短い,長い実務歴の中でゴーグル着用とは言っても長時間溶接のアークを見続けているわけだから腕が最高に研ぎ澄まされた段階に達するとほぼ同時に視力の減退が始まっている。
溶接工のピークは短い。生涯の殆どを土中で過ごし,成虫となって飛び回るのは最後の一週間だけのセミに似ている。
俺の得意先に於いてはある不文律がある。
今回のような修繕については,溶接工の作業性が全てに優先する。
作業中に白衣を着ろだの何だのといった細かい注文は溶接工の都合でどうにでもなるようにしている。
この道一筋三十年のエキスパートがわざわざ出向いてきているのだからそれくらいのリスペクトは示されて当然だと俺は考えている。
スープケトルというのはとどのつまり蒸気の回転釜で,下の画像のような格好をしている。
画像は本文とは関係ありません
不具合の状況はスチームジャケットの溶接部分にクラック(亀裂)が生じており蒸気が漏れるというものだ。
過去に於いてはクラックが全周に及び,ある日突然使用中に突然釜が飛んで前に立っていた調理員を直撃して重傷を負った事例も一件ならずある。
表面に現れているクラックは数センチであっても内部ではその数倍の長さにわたっていることが俺のこれまでの経験則であり,先に書いた『ある日突然使用中に』というのは溶接箇所の内部,肉眼で外がわからは見えない場所でひび割れが成長し続けて行く性質を指している。
そういう事象なので,使用現場に於いてはスチームジャケットからの蒸気漏れは微小なピンホールであってもその解決は喫緊を要する。
こういうことは出回っている個体の中でもそう多くは起こらないものであり、あったとしても既に減価償却期間を終えてからの発生であることが大多数なので殆どの場合は発見された年度内にリプレーズの予算要求をあげ、ほぼ必ずと言っていいほど決裁が下りる。幾ら日陰者の給食分野とは言っても人命に関わる事故のリスクはやはりきちんとヘッジしてもらえるということだ。
しかし世の中,そんなに物わかりのいい事務屋さんばっかりではないのだ。そして何故か俺にはとんでもなくごうつくばりな得意先があたる。
その方々のご希望とは,クラックの入った箇所を溶接して再び使えるようにしてもらえないかというものだ。一言に溶接とは言うがその難易度はピンからキリまである。そしてスチームジャケットの溶接は厨房屋の業務範囲のうちではかなり難しい部類に入る。
最大の問題は,加熱による膨張と収縮を繰り返す箇所なので金属疲労の度合いが激しく,溶接の直後にひび割れが起こり易いことだ。
更に言うと,病院給食というのは年間365日3食ひっきりなしに使用するので機材を一旦引き上げて念入りに整備することが出来ない。溶接箇所にクラックが生じて補修しなければならないとなると溶接機を現場に持ち込む出張修理を余儀なくされ、条件は大変厳しいものになる。
作業時間の制限という問題もある。夕食の配食は午後5時からであり,それまでの間は当然ながら使用時間なので手をかけられない。また,病院のボイラーというのは大体午後8時に送汽を停止するのでそれ以降の時間になると通汽して試運転確認が出来なくなる。ボイラーマンを拝み倒して運転を続けてもらえなくもないが後々面倒なことが多い。
俺の知る限り,厨房屋でこういう作業を自前で出来る人を知らない。ほぼ確実に外注となる。
整理する。
*ステンレス製の圧力容器
*加熱されて膨張と収縮を繰り返す
*出張修理
*作業時間は午後5時からの3時間以内で試運転を含めて完了
修繕費が幾らかかるか以前に,そもそもこういう条件で修繕してくれる職人さんを捜すことが難しい。
一朝一夕ではこのレベルに達しない。俺は勤め人の頃から通算してある鍛冶屋さんと20年以上取引があり,某総合病院での溶接補修が必要な場合は都度,溶接工を派遣してもらうのだが圧力容器の溶接に関しては決まって年齢は確実に50歳を過ぎた年配の方が現れる。
これを言い換えると、上に示したような条件をクリアできる腕前の溶接工となるためには30年くらいの実務経験が必要になってくるということだ。
しかも、このレベルがどれくらいの期間続くのかというと案外短い,長い実務歴の中でゴーグル着用とは言っても長時間溶接のアークを見続けているわけだから腕が最高に研ぎ澄まされた段階に達するとほぼ同時に視力の減退が始まっている。
溶接工のピークは短い。生涯の殆どを土中で過ごし,成虫となって飛び回るのは最後の一週間だけのセミに似ている。
俺の得意先に於いてはある不文律がある。
今回のような修繕については,溶接工の作業性が全てに優先する。
作業中に白衣を着ろだの何だのといった細かい注文は溶接工の都合でどうにでもなるようにしている。
この道一筋三十年のエキスパートがわざわざ出向いてきているのだからそれくらいのリスペクトは示されて当然だと俺は考えている。
ステンレスの溶接は大変難しいと聴いています、、、
安全は金で買うしかないでしょうね、困難を乗り越えて?、やっとこさ修理して、後で事件発生で、施工者責任を追及されたら困りますから。
施工者責任をこちらに言うくせに、担当者本人が現場に来ない場合があります、、、
そういう時な内心ムカツキますが、。
by 007 (2013-03-12 13:06)
007様 いつもコメントありがとうございます。
担当者は現場に貼付くべきですね。施主と工事業者のインターフェイスがなくなるのは良くないと私も思います。
by HarryTuttle (2013-03-19 20:51)
第二種圧力容器の溶接補修には、ボイラー溶接士の資格を必要とします。無資格者による補修の場合には、ボイラー協会による耐圧検査を受ける事が出来ません。
by IKKO (2013-05-09 11:45)
いつも、楽しく読ませて頂いております。マイナーな業界に、これだけ小気味良く内情を語れる方が存在するのは、大変貴重な事だと思います。
で、先ほどの第二種圧力容器の溶接補修の件ですが、決して批判的なニュアンスを込めた訳ではありません。むしろエールを送りたい!
蒸気釜って本当は大変危険なものなのに、殆どの使用者は、充分に理解していません。まぁ、根本を辿って行くと、第二種圧力容器安全規則に、その危険性を理解させる条文が存在しない事にあるのでは無いか?と思っています。
だって、第二種圧力容器の補修を指示する条文を読んでも「補修その他の必要な措置・・・」としか書いてない。で、ボイラー協会さんに電話で問い合わせると「ボイラー溶接士の有資格者が行なった補修でないと、我々は検査を行う事は出来ません。」との回答。ここで初めて判る訳ですよ。使用者から、「蒸気釜の補修後の安全性を公的に保証してくれ!」って言われても、ボイラー溶接士による補修で無ければ安全性の公的な保証は不可能なのです。
だからなのですね、第二種圧力容器は、「事業者は、使用開始から1年以内ごとに1回、定期的に自主検査をしなければならない。」ことになっているのです。つまり、「大変に危険なものだから使用者は1年に一度自主検査を実施し、異常があったら補修しなさいよ!」って言っている訳です。
まぁ、学校給食ならせいぜい1日1回の使用ですから20年使っても事故なんて起こりませんが、食品工場なんて24時間中1時間休ませて洗う!しかも洗う時も圧力はかかっている!!なんて使い方をするものですから、10年そこそこで爆発させてしまう。
全ては自己責任なのですけど、もう少し法整備が必要な分野ですよね。
以上、老婆心にていろいろ書きました。これからも頑張って下さい。陰ながら応援申し上げます。
by IKKO (2013-05-09 17:14)
IKKO様,はじめまして。コメントありがとうございます。
法令関係に明るい方のようで、勉強させて頂きました。改めてありがとうございます。
正直なところ,本文中に書いたような条件下でなおかつ有資格者を探すとなると私の住んでいる土地ではもう諦めるしかない状況です。
補修後の検査業務は所轄が労働基準監督署だったように覚えていますが,何よりも使用者の側が(それもボイラーマンが)検査を面倒臭がる風潮もあり,修理屋はまるっきりの板挟みで,ただ補修後の無事を祈るばかりというのが現況です。
何よりも問題の根本は利便性だけを求めてリスクを顧みない使用者の意識にあるんだ!と,最近の私は思うようになってきています。
拙いブログですが,今後もよろしくお願いいたします。
by HarryTuttle (2013-05-11 14:26)