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「食文化」に憧れる就職希望者達のこと [グルメ気取りのバカを晒す]

 先週末、クライアントである某メーカーの所長様と半日同行して晩飯を共にする機会があった。

 大体いつもこういう場面はガス抜きというかお互いのぼやきを披露し合うのが常だ。外食の市場は着々と砂漠化が進行しつつある。肥沃なる未開の大地はどこにもない。食品設備で大儲けを狙うならもう国内ではダメだろうと思っている。
 クライアントに最近入社した新人社員は今日日珍しくかなり気骨のある人物だ。他人事ながら長く勤めていて欲しいと思う。某メーカーはこの業界の中では就労環境や給与体系のしっかりした会社なので希望が持てる。

 俺も以前は新卒、中途を含めて人を採用する側の人間だった事がある。眼力はなかったのでろくな人材を発掘できず、育成能力もなかったのでこの業界に残っている部下は今は一人もいない。
 だから開業するに当たっては一人で完結する業務の形態を考えていた。と言うよりもこんな稼業ではとても社員を雇えるだけの儲けが出てこないというのが真相なのだが。

 毎度書くとおりこの業界は人材の定着率が悪い。会社員だった頃、毎年4月の社内報にはびっくりするくらい多くの新卒者の自己紹介記事が掲載されていた。おそらく毎年40人くらいはいたと思う。バブルの弾けた「失われた10年」の時期にである。俺は中年になってからの中途採用だったので、初めのうちは随分剛毅な会社だと感心したりもしたが、数年してから離職率が高いのであらかじめ大量採用するのではないかと確信した。

 業務用厨房機材の会社というのは世間一般の認知度はかなり低い。低いのだがそれでも一定量の新卒者が毎年入ってくる。入っては抜けを繰り返し、十年経っても社員数は大して変化していない例はザラにある。目の粗いザルで浜辺の砂をすくうような営為の繰り返しを飽くことなく繰り返すのがこの業界の特徴と言っていい。

 某メーカーの所長様が語るところによると、入社の同機を「食文化に携わる仕事をしたいと思った」などと殊勝な志の若い衆が稀にいるらしい。ご愁傷様です。この業界には食はおろか文化そのものが皆無であることをこの若い衆はわかっていない。俺は断言するが、こういう高邁な理想を抱いて入社してきた若者ほど短時間のうちに深い失望を味わうことになる。
 そもそもこの国に食文化などというものが一体どれほどあるのかと普段俺は考えている。極論すればものを食べることが文化である必要など別になくてもいいではないかとさえ思う。

 少なくとも、あちらこちらの飲食店で外食を繰り返しての食べ歩き自慢だとか、あそこのあれが旨い、いやいやこちらのこれのほうがもっと旨いなどという愚にもつかない食い物談義に口角泡を飛ばすだとか、そういったことが文化だとは思わない。
 「文化」というのは土地や地域に根ざしたものだと俺は考えている。ものを食べるのは何よりも生命活動を維持するための営みであって生活全般の一部である。「食文化」について掘り下げた知識を得ようとするならばまず最初に注目すべきはその土地の歴史や言語や宗教であり、これらに裏打ちされた生活様式だと思う。

 懐石料理が茶道の世界と密接な関係があることを一体どれだけの日本人が承知しているか、精進料理と禅宗の世界観、人間観、死生観どんな風に関係づけられているか、恐れ多くも文化について見識を深めたいのならばその程度の背景は知識として身につけておいても良かろう。行ったこともないどこかの国の話ではない。自分が生まれて育った国の文化についての知識なのだ。
 もっともそういった文化論が厨房屋という商売の実務において役に立つことは全くと言っていいほどない。同時に厨房屋という業界に身を置くことで何かしら文化の切れっ端が身に付くようなことも絶対にない。食文化に携わりたくて何かの仕事をしたいのであれば学校に残って大学院にでも進学し、研究者として過ごすのが一番無難だろうな。
 実務として食文化に関わるとすれば、第一次産業の従事者となるのが一つの選択肢だろう。あと、思いつくのは調理師になることだ。自分で料理を作ってみれば文化的な背景をうかがい知ることも出来るだろうが本人に余程の向学心がない限り目先の仕事に押しつぶされて終わりだろう。そもそも、文化としての献立を教示して継承を目的として運営されている職場など幾らもないし、そういう歴史と伝統に則った職場に調理師として就職するのは厨房屋に就職することに比べると絶望的なほどの狭き門である。就職したところで待っているのは辛い徒弟制度の日々で始めにやらされるのは何年にもわたる鍋洗いだ。

 要するに、食い物に限らず、文化に携わることで生活の糧を得る、なんていうのは学者や学芸員としての生活か、働かなくても収入のある金満家の暇つぶし、道楽でしか実現できないと考えるべきだ。少なくともあっちの店のこれが旨い、なんていう愚にもつかない馬鹿話を相手構わずひけらかすのは文化などではない。

 ただ、一応この業界で20数年を過ごしてきた者として言えることがあるとすれば、文化云々はさておいて食べることの好きな人はこの業界に必要な適性のうちの一つは身につけているとは言える。あくまで一つだ。数百、数千のうちの一つであって他の大半はお仕事の中で赤っ恥をかいたり小便をちびらせそうになったりしながら長い時間をかけて身につけていく事になる。これはどんなお仕事も一緒。
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